Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

マッキンゼー・アンド・カンパニー責任編集 『日本の未来について話そう 日本再生への提言』

 マッキンゼー社が取りまとめた、50名以上の内外の識者による東日本大震災以後の日本のあり方についての提言集「Reimagining Japan: The Quest for a Future That Works」の邦訳編集版。ビル・エモットやジョン・ダワー、エズラ・F・ヴォーゲルといったおなじみの面々から、孫正義柳井正カルロス・ゴーンといった企業経営者、岡田武史ボビー・バレンタイン弘兼憲史などスポーツ・文化の有名人に至るまで、多種多様な分野からの寄稿が収められている。メッセージの中には過去に見慣れたものも多いが、マーサ・シェリル氏の秋田犬の話のように今まで知らなかったエピソードも多く、(テーマは重いのだけれど)最初から最後まで好奇心をもって読める。

 「日本再生の提言」は寄稿者によってもちろん多種多様だが、あえて最大公約数的に拾ってみると、「私が日本企業のリーダーにひとつアドバイスするとすれば、それは時間をかけてビジョンを作り、それをシンプルにして説明し、人々にとって意味のあるものにすることである(カルロス・ゴーン氏)」「多くの日本企業は、グローバル化の必要性を理解している。しかし幹部クラスが、従業員の心を動かすような「グローバル化のストーリー」を持ち合わせていないのではないか(マッキンゼーのオール・アジア会長ら3氏)」といった、よりいっそう日本企業の経営者にリーダーシップの発揮を求める提言が、まず目を引く。
 ちなみに本書ではユニクロ資生堂コマツといった企業の先進事例が取り上げられており、参考になる。コマツは既に世界中に販売網・生産拠点をもつグローバル企業だが、「世界11カ国の生産拠点中、7カ所で現地の人材がトップに就いて」おり、「現場責任者は全員、毎月第1週に前月の成果についての速報を社長に提出しなければならないが、その最初に問題事項を書く箇所がある。問題事項の発生日も記入しなければならない(坂根・コマツ会長)」という。
 こうした幾つかの日本企業は既に、その必要に迫られて、経営者の慧眼に導かれて、海外に眼を向け始めている。世界とのつながりがより一層増している今日、とくに自国経済が縮小する中においては、「鎖国」ではなく「開国」に舵を切らねば、国は間違いなく衰退してゆく。しかし日本社会全体として内向きな傾向は、まだまだ続いている。結局のところ、いくら民間企業のリーダーが「開国」を唱えても、政治指導者が「開国」を唱えても、その言葉が国の幅広い層に浸透し、そのイニシアチブに広範な支持を得ることができなければ、かけ声はただのかけ声に終わってしまう。

 他にも、「海外経験がない日本の若者たちが、グローバル化により世界でますます重要になる、国境を越えた友情や人脈を築く機会が少なくなる・・・日本の政治指導者たちは、若者に海外留学するように、具体的に働きかけるべきである(グレン・S・フクシマ氏)」「日本が世界のゲーム市場で主導権を失った要因は数多くあるが、大きく3つに分けることができる。クリエーターのサラリーマン化、ゲーム作りにかかるコストやリスクの増加、海外市場での競争に乗り遅れたこと(稲船敬二氏)」と、内向きな日本を戒めより多くの人が海外に目を向けることの重要性を説く声が、数多くの寄稿から聞こえてくる。
 確かに普通の日本人にとっては、一定の生活水準を享受でき、阿吽の呼吸で物事が通じる同質社会の日本は、何にも増して居心地が良い。また、就活の早期化や硬直的な労働市場の関係で、リスクを取ってまで海外留学や海外での労働の道を選ぶことは、大概の若者に取って割の合わない選択となっている。通年採用やグローバル採用を掲げる企業も徐々に増えてきているが、民間全体としての慣行はまだまだ旧態依然としたまま。海外経験のある若者を積極的に採用する、就職後もどんどん海外の拠点や留学に社員を送り出す、帰国後はどんどん報酬の高いポストに登用するなど、企業の側もまだまだマインドを変革する余地がある。加えて、より異文化交流や問題解決力の養成に力点を置く形で、国内の教育制度もどんどん変わっていかねばならないと思う。

 他に印象に残った部分としては、日本のアジア外交と汎アジア共同体の可能性について、「日本の立場は、EUにおけるフランスの立場と似ている・・・フランスはEUで2つの大きな目標を掲げている。EU組織では妥協が必要であることを利用し、大きな隣国ドイツの大陸支配を抑制することがひとつ。そしてもうひとつは、EUをテコの支点として利用しながら、国際舞台で自らの影響力を強化することである。・・・日本が率先して主権の一部を移譲すれば、他の国も追随するだろう。数十年後には広い地域を網羅した機構が結成される可能性がある・・・EUにおけるフランス(そしてイギリス)と同じく、日本の外交官は地域内で最も知識と経験に優れ、十分な訓練を積んだ人材として高く評価されるだろう(ビル・エモット氏)」、がある。
 戦略的な攻めの外交は、外務当局の事務方の能力に加え、政治指導者がどれだけ国内で強固な基盤を有し、そしてどれだけ明確でまともなビジョンを持っているか、という点にかかっている。残念ながら現与党の民主党は、先月も党の外交担当最高顧問が何故かイランに行ってしまったように、少なくとも外交については、何も期待できなさそうである。というか、普天間の時のように国としての信用にダメージを与えるくらいなら、当面の間何もしてくれるな、とさえ思ってしまう。しかし、近い将来、国内で安定した政治基盤を持ち、視野の広い構想を打ち出すことができる首相が現れたなら、エモット氏が示唆するような、打算の効いた大戦略をもって、アジア太平洋圏でより大きな役割を担うことは、当然外交上のあるべき選択肢の第一に上がってくるべきものだと思う。
 
 本書の寄稿者たちは、大震災で日本人が見せた忍耐強さと規律、連帯の強さに驚き感動し、こうした底力をもって、今度こそ日本が「失われた20年」を克服し、世界においてより大きな役割を果たす事を望んでいる。但し、そうした未来を実現できるかどうかは、あくまで日本人自身の意思と行動に拠る、とも結んでいる。
 日本人は、この震災をショック療法として、これまでの悪癖を捨て、新たに世界に開かれた国として生まれ変わる事ができるだろうか。震災後半年くらいは、こうした希望的観測論も数多く見られたように思うが、今やそうした論調は鳴りをひそめ、震災前の「やっぱり何も変えられない日本」に元通り落ち着いているように見える。外地に住んでいる人間の冷めた視点で見ると、日本社会全体として変わったのは、「忍耐強さと規律、連帯の強さ」という自らの美徳を再確認したことと、少なくとも近い将来は原発の新規建設や安易な運転再開を絶対に認めないという社会的なコンセンサスを生んだことくらいではないか、とさえ思ってしまう。財政再建少子高齢化対策、成長政策、デフレ阻止、格差へのセーフティネット労働市場の流動化と教育部門の改革などなど、中長期的にやるべき事は山ほどあり、当たり前だがその大半は、政治家やマスコミが率先して動かないと前に進まない類のものである。市民の側にも、政策にまじめな政治家を応援し、政局に明け暮れる政治家を選挙で落とすなど、出来る事はいっぱいあるだろうと思う。

(2011年、小学館


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