Foomin Paradise (読書ブログ)

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西部 謙司 『サッカー バルセロナ戦術アナライズ 最強チームのセオリーを読み解く』

 サッカー記者の西部氏が、豊富な図表を使ってFCバルセロナの戦術を解説した単行本。
 2011年夏に行われた欧州CL決勝(対マンチェスターU)を見ても、つい先月日本で行われたクラブW杯の決勝戦(対サントス)を見ても、現代サッカーにおいてFCバルセロナが世界最強のチームであることは論を待たないと思う。各選手の高い技術に裏打ちされたショートパスとポジショニング、それによってもたらされる圧倒的なボールポゼッション。異次元のプレーを見せるメッシを筆頭に、シャビ・イニエスタ・ビジャ・セスクらが織り成すサッカーは、もはや芸術の域にあるといっていい。
 こうしたスタイルの原型は、1988年にバルサの監督についたヨハン・クライフの独創的な戦術思想にある。本書の記述に沿って詳細を見ていくと、次のようになる:

○中盤の底(4番):
 クライフは、ビルドアップの起点として、グアルディオラなどパスを受け前に自在に配球できる技巧派の選手を置いた。従来このポジションには守備的な選手が据えられることが多かったが、「ボールを持っている限り、守備をする必要がない」、つまり攻撃は最大の防御である、との考え方に則っている。
○トップ下(6番):
 ゴールに背を向けて4番からのパスを受け、相手DFのマークが薄れた両脇のMFに配球することで、本格的な攻撃態勢のスイッチを入れる、ポストプレーが主眼となる。単独での打開が求められる従来のトップ下とは趣が異なる。
センターフォワード(9番):
 自陣方向に下がる動きを織り交ぜ、相手DF(センターバック)のポジショニングを惑わせる。相手DFが付いて下がってくれば相手最終ラインの中央は1人になる。付いて来なければフリーでボールを受けられる。従来のストライカータイプというよりは、パスを含む広範囲な技術に長けたMFタイプの選手が適役となる。
○ウィング:
 守備面では、相手サイドバックを足止めすることで、(分厚い中盤に容易に切り込めない)センターバックと併せ相手DF計4名を足止めし、中盤の数的優位を確保する。攻撃時には、相手DFの注意を横に拡げ、攻撃の選択肢を拡げるために、再度ラインぎりぎりに開いて展開する。また相手センターバックが味方9番に釣られて誘い出されたときは、その裏を突いてフィニッシュする役割も受け持つ。守備、足元の技術、スピード、シュート力、様々な能力が要求される花形ポジションになる。

 クライフの時代を経て、相手チームのトップ下に強力な選手が入り、相手FWが2から1トップになった現代では、フォーメーションは3-4-3から4-3-3(4-1-2-3)に変化した、という。上でいう4番タイプは現在で言えばシャビだが、中盤の底によりフィジカルの強い選手を置くかわりに、シャビは一つ前でポジショニングする格好になっている。

 ビルドアップする際は、ロングボールを多用せず、数的優位を生かしてあくまで理詰めのショートパスで、一つ一つ前へ少しずつボールを進めていく。横並びにポジションを取ることを避け、ボールを受けた選手が前を向けるよう斜め方向のパスを多用する。そのために個々の選手に求められるパスとポジショニング、戦術理解の能力は、幼少の頃から下部組織(カンテラ)で徹底的に叩き込まれる。
 こうした戦術と能力は一朝一夕に身に付くものではないと思うが、クライフの着任から20年以上が経過し、この哲学はチーム全体の遺伝子レベルにまでしっかり染み込んでいるようである。昨年まで、30歳を超えたシャビの後継問題が各所で指摘されていたように記憶しているが、今では殆ど聞かれなくなった。アーセナルから戻ってきたセスクに加え、ブスケツ、ペドロ、チアゴと、バルサ・サッカーを体現する有能な若い選手がカンテラから続々と登場してくるのは、まさに驚異の一言に尽きる。バルサの戦術と技術を本質的に打ち負かせるチームは現在のところ見当たらず、この覇権はさらに長期化しそうな気配である。

 巻末での西部氏の、バルサ式のサッカーは楽しい、という指摘もとても興味深い。確かに日本では、単に一般に戦術理解が浸透していなせいなのか、いきおい高い能力を持つ9番や10番タイプの少数の選手に大きな期待を寄せ過ぎる風潮があるようにも思う。しかし、一部の突出した身体能力をもった選手の傍では、自然、残りの10人がボールに触れる機会が減少する。バルサが20年以上にわたって、関係者を巻き込んでパスサッカーを継承できた理由のひとつ、この「楽しさ」にあるのではないか、と西部氏は言う。
 ただし西部氏は、現在の日本サッカーは、時間をかけて哲学を磨いていく覚悟と忍耐、度量を欠いている、とも指摘する。Jリーグが生まれてまだたかだか20年。フロントやサポーターまで巻き込んだ各クラブの哲学・スタイルも、まだ完全には確立されていない。この面では、ヨーロッパの伝統あるビッグクラブには、日本のクラブはまだまだ及ぶべくもない。しかし少なくとも、FCバルセロナと、そのスタメンを中心とした現在のスペイン代表は、小柄な選手の集団であっても、パスと足元の技術をもってすれば世界を制覇できることを示してくれている。日本と日本のクラブが、自らのサッカーでもって世界にその名を知らしめる時が、時間はかかるだろうが、いつか必ず来る、と個人的には信じてやまないでいる。

(2011年、カンゼン)

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【2012.03.17 補記】
 長年の夢だったバルセロナカンプ・ノウで、FCバルセロナのホームゲームを観てきた。3月3日の対スポルティング・ヒホン戦。・・・が、メッシが警告累積でまさかの欠場。思わず顔を覆うも、中盤に座ったシャビ、イニエスタ、ケイタの鮮やかなパスワークに惚れ惚れ。特にシャビとイニエスタの華麗なワンツーは目に焼き付いて離れなかった。
 試合の方は、微妙な審判によるピケの一発退場もあり、かなり苦しんだものの、後半になんとか2点を押し込んで3-1で勝利。今季はレアル・マドリッドの後塵を拝しているが、これをバルサ凋落の始まりと見るかどうか、さて。。。