Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

西堀 榮三郎 『技士道十五ヶ条 ものづくりを極める術』

 多彩な経歴で知られた研究者・技術者・登山家の、西堀氏による技術論・経営論。

 恥ずかしながら本書を読むまで、西堀氏が日本における品質管理手法の第一人者だとはついぞ知らなかった。分業と監督に重点を置くアメリカ流のテーラー・システムは労働者を「物質扱い」していると感じ、協働と信頼に基づく日本型の品質管理を1950年代に提唱する。「労働意欲というものは、自分の働きが認められて、喜ばれて、そこに自分なりの創意工夫が加えられて、初めてわいてくる」という文章に、そのコンセプトが凝縮されている。

 本書が扱うテーマは幅広いが、白眉はリーダー論であろうと思う。南極観測越冬隊長やチョモランマ登山隊総隊長としての自身の経験も織り交ぜられており、説得力がある。西堀氏の言うリーダーの条件は、チームの目的を明確にできる人、目的達成の方針を与えられる人、チーム全員の意欲を掻き立てられる人。「最小限の制限のなかで、自分の自主管理能力に応じて自己判断でやらせる」ことが重要である、という。ただし単なる放任主義ではなく、「陰ながら」見守り、必要に応じて本人の自主性を損ねない程度のヒントや助言を与えることが重要である、とも述べている。
 上述の日本型の品質管理の話とも通ずる話だが、自分の数少ない社会経験に照らしても、自主性なくして成長と長期的な成果は得られない、というのはその通りだと思う。但し難しいのは、自主性の尊重といっても、完全な丸投げ(放任)では意味がない、という点である。しかも、ヒントや助言の最適なタイミングや深さは、その人一人ひとりの個性や事案によって違う。忙しいときは、つい丸投げや結論の先出しをしてしまいがちだが、そこをぐっと堪えて時間をひねり出すことが、指導する側の心得である。
 本書で紹介される、20世紀初頭に南極点到達を競ったアムンゼンとスコットの対比も面白い。「考えることによって仕事は自分のものになり、意欲をもって仕事をすることになる。この強い意欲が『細心の注意』の強力な原動力になる」ことを良く知っていたアムンゼンは、何事も隊員に考えさせ、その自主性を大いに尊重した。結果、隊員は各々の役割と仕事の本質を良く理解し、注意深く丁寧に仕事にあたり、人類初の南極点到達を達成した。軍隊出身のスコットは、軍隊式の規律によって隊をまとめようとしたものの、注意深い事前研究や平常心の姿勢を怠った上、度重なるアクシデントや隊員の不注意によって追い込まれ、アムンゼンの1ヶ月後に極点に到達するも、その帰途にて隊員と共に力尽きたという。

(2008年、朝日文庫


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