Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

ウォルター・アイザックソン 『スティーブ・ジョブズ』

 アップル社創業者で前CEO、スティーブ・ジョブズ氏を描いた伝記。著者はアインシュタインキッシンジャーの伝記で知られるアイザックソン氏。
 本書は、ジョブズ氏の生涯を、同氏からの依頼の下、本人を含む100人以上を超える関係者への聞き取りを通じて、内容については本人が一切タッチしないまま(ジョブズ氏がそれを望んだという)書かれたという。これまでジョブズ氏の半生や経営術について、断片的に紹介された本は星の数ほど出版されてきたが(例えば http://blogs.yahoo.co.jp/s061139/12408171.html
)、(取材から出版までの時間が短すぎたせいか)個別エピソードの羅列に留まっている箇所もあるものの、包括性と多面性の点で、本書を超える著作は現時点で見当たらないと言っていい。

 本書によれば、ジョブズ氏は少なくとも、PC、アニメーション映画、音楽、電話、タブレットコンピュータ、電子出版、の6つの業界に革命を起こした。スティーブ・ウォズニアックと共に開発したApple IIシリコンバレーの寵児となるも、取締役会との確執からアップル社を追い出される。その後、NeXT社を創業(こちらはうまくゆかなかった)、ピクサー社のアニメーション部門を再生、1996年に当時破綻寸前だったアップル社に返り咲く。その後経営の才を如何なく発揮し、iMaciPodiPhoneiPadといった一連の革命的な製品を世に送り出す。「現実歪曲空間」と呼ばれた強烈な個性、創造性と技術の融合、マイクロソフトとは対極をなす徹底したクローズド・アプローチ、そして彼自身の言葉「Stay hungry, Stay foolish」を地で行く激烈な生涯。彼のストーリーに触れると、誰しもが自らの価値観を揺さぶられることになる。

 ジョブズ氏は、自らのアイデアを体現することに、徹底的にこだわり続けた。アップル社は少数精鋭、とにかく優秀なエンジニアを社内に抱えていることで知られる。しかし、その高い技術力に満足して独りよがりな製品に陥るわけではない。通り一遍のマーケティングに安住して、消費者に安易に迎合する製品を送り出すわけでもない。Machintoshのグラフィック・インターフェースや、iPhoneのマルチタッチ・スクリーン、一連の製品に共通する機能美あふれるデザイン。既存の先進的な個別の技術が、統一的なコンセプトの下に束ね直され、消費者の潜在的な欲求を鷲掴みにし、業界のパラダイムを文字通り作り変えた。1984年、マッキントッシュ発表の日、どういう市場調査をしたのかと記者から尋ねられたジョブズ氏は、「鼻で笑った」という。「アレクサンダー・グラハム・ベルが電話を発明したとき、市場調査をしたと思うかい?」。
 両親に「捨てられた」生い立ちからくる、常につきまとう欠乏感。「ジーニアス」な頭脳と、世界に対する飽くなき好奇心。工学に加えて芸術や哲学の素養。菜食主義やドラッグに代表されるヒッピー的性向。インド滞在で学んだ東洋の「直感」思考。金稼ぎへの無執着。本書を通じてジョブズ氏の生い立ちを見ていくと、世界を変える製品、人間を揺さぶる製品を生み出し続けることを唯一至上の価値とした、同氏の哲学・思想が浮かび上がってくる。数々の伝説的な新製品発表プレゼンテーションも、自らが信じるビジョンを具現化するために全てをささげた結果の、絶対的な自信と愛情の表れであった、と見れば少しは理解できる。

 最近では、iPhoneiPodのユーザーがPCを買い換える際にWindowsではなくMacパソコンを選択するケースが多いとか、使いやすいクラウドを提供できたのはグーグルを差し置いて結局アップル社だけだったとか、アップル社が一時エクソンモービル社を抜いて世界一の時価総額を達成しただとか、とにかくアップル社の快進撃を示すニュースを良く聞く。当方も先日、仕事帰りにルーブル美術館地下のアップルストアに初めて行ってみたが、以前のイメージとは打って変わって「速い・軽い」MacノートPC現行モデルのスペックに驚いた。ちょうど最近、長年使い込んだウォークマンWindowsノートの買い替えを考えていたのだが、もしかすると一気にiPod TouchMacbook Airに乗り換えてしまうかも。

(邦訳:井口 耕二 訳、講談社、2011年、上・下巻
 原著:Walter Isaacson "Steve Jobs: The Biography" 2011)

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