Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

NHK取材班 『マネー資本主義 暴走から崩壊への真相』

 同名の「NHKスペシャル」(2009年)で放映された内容を、取材の経緯や関係者インタビューの詳細を含める形で書籍化したもの。
 ①金融危機の主役となった投資銀行の関係者、②「超金余り」を演出した政策立案者、③ハイリスク商品に手を出した機関投資家、④証券化技術を支えた金融工学者、の4者に焦点を合わせる形式で、グッドフレンド・元ソロモンブラザーズ会長など驚くような大物を含め、多数の関係者に対するインタビューを行っている。

 中でも興味深かったのが、個人的にその実像を中々目にする機会のなかった、金融工学者に対するインタビューである。以前金融機関で住宅ローンの証券化に携わり現在は個人企業を営む韓国系のソー氏。同氏は生物物理学者として活躍したが、生活上の理由から高給を求めてウォール街に転職した:「面接試験に向かう途中、金融工学の専門書を一冊すらすらと読んだら、どういう理屈か理解できた・・・株価が原子の振動や熱の伝導のように表現されていると、数式などから一瞬にしてつかみとった。」金融危機を経た今でも、カタストロフィー債の開発に注力するなど、自らの技術が金融部門と世界の前進に貢献できる、との思いを隠さない。
 他方、1990年代にJPモルガンCDSの開発にあたったデュホン氏は、自らが生み出した金融商品を「モンスター」と呼び、現在はコンサルティングを通じて投資家ら顧客に対し金融商品のリスクを説明している。同氏は、MIT数学科を卒業、入社3年目にCDS開発チームに参加し、行内で蓄積された企業破綻に関する膨大な情報を分析、貸し倒れリスクを多数の投資家に分散させる新たな仕組みを生み出した。当初CDSは企業融資の貸し倒れリスクに対するものだったが、2000年代以降住宅市場への過熱に伴い、住宅ローンの貸し倒れリスクを取り扱うようになる。しかしこのCDSは、過去30年にわたって上昇し続けてきた住宅価格を元に設計されたものであり、予期せぬバブルの崩壊によって保険会社など多くの投資家が破滅的な損害を被った。危機を受けて国有化されたAIGの元幹部は、「実際、損失を被る確率があまりに低いため、CDSの保証料は、ほとんど”タダでもらえるお金”だと思っていました」(!)と本書で語っている。

 グリーンスパン・前FRB議長ら「超金余り」を演出した当時の政策立案者らの思考を辿るパートも興味深い。メディアで散々取り上げられてきた内容ではあるが、2008年10月の公聴会グリーンスパン氏が「(自由主義的な考え方に)欠陥があったのです。その事実そのものに私は意気消沈しています」と、自らの自由主義への信頼を省みるシーンには、かなりの重みがある。2001年から05年にかけてのFRBの低金利政策は、ITバブル崩壊への対処や懸念されたデフレへの対策といった根拠があったが、替わりに生じた住宅という新たなバブルに対しては、結果論だけで言えば、FRBと米政府の対処は甘すぎたか、或いは全く何もしなかったと言っていい。グローバル化証券化技術の進展によってリスクが世界中に分散された当時の国際金融情勢を見れば、自らが信奉する自由主義に照らしての是非はともかく、米住宅市場の不均衡の問題を、より慎重に注意深く検討すべきだった。現在も米住宅価格は下がり続けており、分不相応な信用を受けていたローンの債務者は、今もって苦しみ続けている。また2008年に起こった一連の信用収縮は、他の構造的な要因も合わさって、2011年の現在も、欧米の財政危機や、新興国経済の減速という形で、未だに尾を引いている。

 原子力核兵器分子生物学上の生命倫理といった問題もそうだが、もたらしうるリスクが極めて高い科学技術に対しては、経済社会上の便益もさることながら、その時々の指導者がリスクをしっかりと認識し、ときには科学者や民間部門のエゴにタガをはめつつ、しっかり運用と規制の手綱を握ることも必要である。
 金融部門について言えば、米国の投資銀行は、1980年代のソロモンブラザーズによる住宅ローン担保債券の発行をきっかけとして、投資資金調達のための株式上場など、自らの収益拡大を社是として過剰なリスクテイクに走るようになった。しかし「虚業」とも呼ばれるとおり、金融部門の役割は、本来はあくまで実物経済の「黒子」のはずだった。金融システムが複雑化し、世界規模で、文字通り分刻みで情勢が変化する現在、ある程度市場の運営は自律的にならざるを得ないが、何事もバランスの問題である。罰則付きの強力な規制を国際協調のもと世界規模で作り上げる、市場に精通した民間出身者に高給を払って監督部門の責任者や検査官に据えるなど、ある程度のコストをかけてでもその暴走を抑える仕組みを整えることは必要だろうと思う。

(2009年、NHK出版)

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