小宮 良之 『ロスタイムに奇跡を 日本代表選手たちの真実』

　スポーツライターの小宮氏による、サッカー日本代表選手たち8名を描いたルポルタージュ。「角川文庫スポーツ部」の第2弾として2011年9月発行。
　取り上げられているのは岡崎、本田、長友、森本、大久保、家永、中村俊、長谷部の8選手だが、全体として200ページということもあり、個々の選手の描写は細部までは至らず、どうしても表面的な情報に終始してしまっている印象。森本、中村俊の2名については直接本人へのインタビューが欠け、他者からの伝聞や推測の箇所が多く、果たして本当に本書の執筆対象に含めないといけなかったのか、と少々疑問に思った。

　それでも例えば、小宮氏が親しい関係を構築し詳細な聞き取りを行っている大久保選手の章は読み応えがある。高校時代から気性の荒さと卓越した得点能力で知られ、プロ2年目はJ2日本人得点王、3年目はJ1日本人得点王。しかし2007年頃から左サイドハーフとしての活躍が目立ち始める。本書を読んでその謎が解けたが、スペインリーグから帰国した後、「バタバタ」して「単調」なJリーグのサッカー、そしてパスがつながらない所属チームの中盤を見て、「俺が左サイドをやりましょうか？」と自ら志願したという。欧州リーグで揉まれた結果身につけた、屈強なフィジカルとボールのキープ力、試合の流れを見極める力。自ら切り開いた新境地は、選考の当落線上だった大久保選手を2010年W杯にスタメン出場させることになる。
　2010年W杯の前、代表チームは低調を極め、W杯で勝てると思っていた日本人は当時殆どいなかったろう。しかし大会直前に、岡田監督は、それまでこだわっていた攻撃的なパスサッカーから守備的なカウンターサッカーへ、大きく戦術を転換する。本書によれば、その背景には大久保選手がいた。「俺はこのままでは勝てないと思っとった。自分たちのボールにしてからパスをつないで攻め、守備になったら前からプレッシャーをかけてすぐに取り戻す、というのはサッカーの理想かもしれん。でも、強い相手にはパスがつながらんで、通用しなかった。・・・俺と松井さんで、『絶対、変えたほうがいい』と強硬に主張した」。駒野や阿部といった守備に定評のある選手がスタメンに入り、長谷部・遠藤の両ボランチが上がり目へ。チームの攻撃は、大久保、松井、本田の3選手に委ねられた。大久保選手は、得点こそ上げなかったものの、攻撃の一翼として、強固な守備の一員として、ときに囮となって、文字通りピッチを駆け回った。「（昔の自分だったら）絶対にしなかったね。FWがサイドバックの位置まで戻るなんて、ありえん。・・・でも、あのチームでは一人でもわがままをしたら破綻していた」、「W杯は小さいときからの夢だったから、それに選ばれて試合に出られるんだったら何でもやるつもりだった。心構えが違ったよ。日本中の人が見て、一つになる大会だから特別だった」。この下りで、当時の熱狂を思い出して、思わず目頭が熱くなった。徹底したチーム・サッカーと、現状を冷徹に見極めての、勝つための戦術。こうしたスピリットが受け継がれるならば、女子に次いで、男子日本代表がW杯トロフィーを掲げるのも、そう遠くない未来かもしれない、とすら思う。

　「チームへの献身」という点では、長谷部選手も異彩を放つ。本書で紹介されているとある欧州チームスカウトの言「ハセベの攻撃力は並みのレベルだろう。しかし、最高のチームプレイヤーだ。チームの中で足りないものを常に補完していて、味方の長所を引き出している。そして、その上で自分が生きている」は、まさしく的を得ている。先日、ドイツのウォルフスブルグでホームゲームを生観戦した際（9/11のシャルケ04戦）、同選手は右サイドバックで先発していたが、安定感のある守備とカバーリングで、あぶなっかしいシーンは殆ど見られなかった。試合終盤でも精力的に動き回るスタミナと、効果的に相手スペースを潰す視野の広さが、特に印象に残った。接触して倒れ、一人後ろに取り残された相手選手を助け起こすなど、同選手のフェアプレー精神が垣間見えた瞬間もあった。日本代表でも、相手の攻撃の芽を早々に摘み、カバーリングに長け、中盤の底で攻撃のリズムを調整する同選手は、文字通りチームの「心臓」である。巷には、MFとしての個の能力はまだまだ物足りない、と厳しく評価する向きもあるようだが、（多少大げさかもしれないが、）同選手がキャプテン・マークを巻いてチームプレー精神を体現している限り、日本代表の未来は明るい気がしている。

（2011年、角川文庫）