Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

ジャック・アタリ 『国家債務危機 ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?』

 『21世紀の歴史(http://blogs.yahoo.co.jp/s061139/19050159.html
)』等で知られるアタリ氏が、過去の歴史を紐解きながら、世界の公的債務問題に対する現状と対策をまとめた単行本。原著は2010年5月発行。

 『21世紀の歴史』で見られた、関連する過去の歴史を紐解いて教訓を導き出し、長いスパンで未来を予測しようとするアタリ氏の手法は、本書でも健在である。ローマ帝国から中世初期に至るまで、国家指導者の債務はあくまで指導者個人に課せられるものであり、債務者個人が死ねば債務も消滅したが、中世のヴェネチアジェノヴァとの戦争費用を賄う公的債務としての国債、及びそれを管理するための公庫が発明されて以降、国家と公的債務の切っても切り離せない関係が始まった。1500~1900年の間に13回もデフォルトに陥ったスペインを始め、近代史はバブルとデフォルトの繰り返しに尽きる、といっても過言ではない。20世紀に入るとこの関係はいよいよ深まり、各国は公的債務を通じ大量の国民貯蓄を動員することで世界戦争の戦費を調達、また福祉国家制度を発達させるために福祉関連の公的支出を増大させた。明確な転換点となったのは2008年の世界経済危機で、米国が金融機関救済のために大量の民間債務を肩代わりしたのを始め、先進諸国が一斉に公的債務のストックを増大させた。アタリ氏は、「今回の金融危機をきっかけに、ある意味で、西側諸国に対する信用や、アメリカやヨーロッパに課せられた債務に対する信認は急速に失われ、彼らの破産を回避するための債務の返済方法を(世界が)模索する段階に入ったとも解釈できる」、と総括する。
 同氏が語る「最悪のシナリオ」は、このまま公的債務が制御不能な状態が続くと、国によっては対GDP比で100%以上の債務を抱え、国債消化のために国民貯蓄を食い潰すことで投資と技術進歩を遅らせる悪循環を招き、極端なインフレやデフォルトによって経済が破綻、世界の覇権は中国を始めとするアジアに移ってゆく、というものである。

 アタリ氏は、過剰な公的債務に対する解決策として、「増税、歳出削減、経済成長、低金利、インフレ、戦争、外資導入、デフォルト」の8つが存在するとし、そのうち歴史上最も多く使われてきたのがインフレだが、国民に損害を及ぼさない選択肢は経済成長のみである、と述べている。
 具体的なケーススタディとしてフランスを詳細に取り上げられるが、「おそらくフランスは、借金を返済するよりも、社会保障給付を維持することを選択するであろう」と国民の動向を諦観しつつも、現状を放置すれば今後15年以内にデフォルト或いはIMF等国外支援に伴う現行の社会保障システムの「解体」があり得ることを指摘、「フランスなどの国では、徹底的に無駄を排除し、大幅な増税社会保障費の負担増を実施し、ある程度のインフレを放置することも視野に入れなければならない」、と(ここは少々驚きであったが)一定のインフレの容認まで視野に入れて根本的な対策を講じねばならない、と主張する。また、将来世代への投資や現世代の生存に関わる支出を行う余地を残すため、政府会計を、①憲法によって赤字不可とする社会保障費を含む経常費用を扱う「国家予算」、②年金や自然環境修復費用など現世代の生存に関わる支出を短期借入によって賄う「国家修復基金」、③インフラや教育など将来世代のための投資を長期借入と目的税によって賄う「国家投資基金」の3種類に分け、不要な公的債務を阻止するための「特別なガバナンス」を整えるべき、と説く。
 またヨーロッパ全体の対策としては、その政治的な困難さを指摘しつつも、借入コストを下げるためのヨーロッパ債の創設、ヨーロッパ財務機関の創設(金融政策に加えて財政政策も統一する)、(財政緊縮のみならず)成長政策への注力、が必要と述べている。そして、現段階では夢物語に聞こえるが、上記の国家・地域連合レベルの取り組みをベースとして、公的債務と公共投資についての世界全体での枠組み、グローバル・ガバナンスの必要性についても触れている。

 フランスやEUが斯くの如くであるから、先進国最大の公的債務と長期不況に苦しむ日本については言わずもがな、である。アタリ氏は、日本政府が取れる選択肢は既に限られており、消費税の増税は不可欠である、と断言する(ただし消費税の増税だけで全て解決する、とも述べていない)。巷では、1400兆円もの国民貯蓄が国債を吸収するため心配ないという説もあるようだが、アタリ氏の議論に則れば、多額の公的債務はそれだけで民間投資と経済成長を抑えつけるし、また自明の理として、どこかのタイミングで必ず新たな国債吸収先として外国投資に頼らざるを得なくなることも明らかである。
 上記8つの方策を日本の文脈に当てはめて考えてみると、戦争はさすがにないとしても、外資導入・デフォルトを避けようと思えば、増税・歳出削減・経済成長(恐らく大幅な規制改革と研究開発・教育への継続的な投資が肝要)、ときに恣意的な低金利とインフレの併せ技でもって、地道に債務ストックを切り崩していくしかなさそうだが、目前の選挙しか考えない政治家、増税しか考えない財務省、歳出削減と規制改革を渋る事業官庁、アンチ・インフレの日銀、増税と福祉削減に勿論抵抗する国民、と国内の主な役者を順番に見ていくと、よほど率直で説得力に満ちた指導者が現れない限り、道のりは途方もなく困難そうである。日本人は結局のところ、外資導入(IMFの条件付融資がまず考えられるが、ギリシャのように極端な増税や公共サービスの切詰めが避けられない)やデフォルト(国債保有する国内の銀行や保険会社、年金基金が崩壊し、預金者や年金生活者に甚大な影響が及ぶ)といった相当深刻な事態が実際に起きるまで、延々と問題を先送りして過ごすのが関の山なのかもしれない。

(邦訳:林 昌宏 訳、2011年、作品社
 原著:Jacques ATTALI "Tous Ruines dans Dix Ans ?" Librairie Artheme Fayard. 2010.)

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