Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

高野 和明 『ジェノサイド』

 進化した人類の出現に対して現行人類がどう相対するか、人類の限界と希望を対比させて描いたSF仕立てのミステリー小説。
 
 コンゴに突然現れたたった一人の進化した人類を抹殺する米政府の作戦立案者がつぶやいた言葉を引いて、本作のタイトルは『ジェノサイド』になっているが、単なる猟奇的な戦争小説というわけでは全くない。進化した人類が作り上げた創薬ソフトウェアの助けを借りつつ難病の特効薬を開発する大学院生、迷いを抱えながらも息子の治療費を稼ぐために戦場に赴く兵士、進化した人類の圧倒的な知能の前にして平和的に相対することを望む天才科学者など、多くの人間の思いが錯綜する様子がアップテンポで描かれる。作中で現行人類の「限界」を象徴するのが、コンゴで蛮行を働く民兵であり、異質な者を排除することしか考えない米国のネオコン政権である。他方、父の遺志を次いで新薬開発に没頭する大学院生・研人は、ときに自分の命を顧みない冒険を見せ、現行人類の「希望」の象徴として描写される。
 本作で語られる進化した人類が有する知的能力は、ジョルジュ・オリヴィエの言を引いて、「第四次元の理解、複雑な全体をとっさに把握すること、第六感の獲得、無限井発展した道徳意識の保有、特に我々の悟性には不可解な精神的特質の所有」とされている。とくに「複雑な全体をとっさに把握すること」がミソで、本作で描写される進化した人類は、現行人類の頭脳では把握不可能とされる複雑系を把握したうえで、数学や言語学分子生物学や地球科学の先端領域を存分に駆使しつつ、現行人類の打つ手をことごとく退け、常にその上を行ってみせる。

 もしかしたら、近い将来、本作で語られるような進化した人類は、ひょんなところから本当に現れるかもしれない(本作では、近親交配の確率が多いコンゴ奥地のピグミー族の子どもの遺伝子に、突然変異が現れる)。進化生物学や分子生物学といった学問の日々の進歩を受けて、過去の「変異」のメカニズムが明らかになりつつある現在、そのリアリティは更に増しつつある。そのとき現行人類がどのように相対するか、すなわち果たして暴力をもって敵対するか、或いは慈愛の精神をもって友好に動くか、高野氏は小説家としての想像力をもって、本書でその予行演習を展開したともいえる。

(2011年、角川書店


https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/F/Foomin/20190829/20190829195112.jpg