Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

田丸 公美子 『シモネッタのドラゴン姥桜』

 イタリア語通訳の田丸氏が自身の子育て体験を赤裸々?に綴った体験記。ご子息が放任主義ながら開成→東大→弁護士のエリート街道を驀進されたとのことだが、友人関係・恋愛関係まで恐らくすべて実話の情報がこれでもかというほど暴露されており 苦笑、思わず息子さんに同情してしまう。

 本書が抜群に面白いのは、「放任に近い子育てをしてきたのだが、その中でも、『いつもお前のことを見ているよ』『お前のことを大事に思っているよ』というメッセージだけは、折にふれ、伝えるよう努力してきたつもりである」という田丸氏のすがすがしいほどサッパリした教育方針もさることながら、本書の随所に出てくる丁々発止のウィットに富んだ掛け合いからも分かるとおり、主役を演じる息子さんと田丸氏のユーモアあふれる人間としての面白さによるところが大きい。解説の湯山氏は、「彼と彼にそのセンスを伝えた母親は、『欲望を犠牲にして、その犠牲の対価として、ひとつの目標を達成する』という物語を全く信用していないのだ。・・・やりたいという人間の欲望、それをなし得たときの快感こそが人生を充実させる原動力で、そのツカミさえ分かってしまえば、パワーやそれに必要な能力はひとりの人間からガンガン出てくるという、ポジティブな確信がこの母子にはあるのだ」と言っているが、まさに的を得ている。

 他にも、「親がどんなに強要しても、もともとの素養がないときは無駄」、「大事なのは、成績ではない。友人関係の中で人間的魅力を身につけること、自分の力で伸びることができること」、「すべての子どもには自動列車停止装置(ATS)が整備されていて、暴走しても必ず自分で軌道修正してくれる」、「知能の基本は、聞いたり読んだりした言葉を理解する能力と、自分が思っていることを言葉で表現できる言語能力にある。その土台の上に、記憶力、数の概念、空間を把握する能力、直感、感知能力、推理力、思考力などが積み上げられていく。中でも大切な理解と思考は、言語、すなわち母国語で行う。私が日常の楽勉で重要視したのも、すべての基本となる日本語能力だ」、そして「所詮、金と息子は天下のまわりもの」など、(経歴も性格も魅力的な息子さんを育て上げたことからくる)説得力のあるフレーズが随所に見られる。自分が子育てをするのはもう少し先のことだと思うが、最低限の躾けは必要であるものの、独りよがりな思い込みや狭い視野・あるべき論によって子どもの素直な感受性と欲求に蓋をしてしまうのだけは避けねば、と思う。

(文春文庫、2011年)

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