Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

松井 謙一郎 『パリクラブ 公的債務リスケ交渉の最前線で』

 パリクラブは、公的債務(債権者が公的機関)のリスケに関する条件交渉を行う非公式会合で、仏財務省が主催、リスケの方法論などを検討する一般問題会合、個別債務国にかかる情報交換・対応方針決定を行う一般概観会合に加え、債務国からの要請に応じて個別の条件交渉を行うリスケ会合を定期的に実施している。・・・ということ位しか今まで知らなかったが、たまたま職場で見つけた本書を読んで、その実態が大変良く分かった。1996年に発行された本だが、その後類書はなく、和書としては今でも十分貴重な資料である。
  
 本書が扱う対象は、リスケの理論上の意義、パリクラブが扱う債務救済スキーム、ケーススタディ、地域毎の債務問題の現状などと多岐にわたる。「パリクラブの一週間を振り返って」と題し夜を徹してハードネゴが続く様子を伝えるなど、純粋に読み物として楽しめるパートもある。
 債務救済じたいが門外漢の当方にとっては、カット・オフ・デート(この日より以前に契約調印或いは貸付実行された債権のみに債務繰延の対象を限定する)、モラトリアム金利(リスケにより固まった元本に対して発生する。元本返済が始まる前の据置期間中も支払義務が生じる)といった専門用語や、具体的な各種債務救済スキームの概要もさることながら、80年代以降重債務国としてパリクラブの常連となる債務国が頻発したことを機に、マチュリティベースからストックベースでの債務救済へ、債務繰延に留まらず債務削減にまで踏み込んで救済スキームを開発してきたパリクラブの変遷が興味深かった。国際経済の変遷に伴って、公的債務リスケというテクニカルかつ限定的なマンデートをもったパリクラブも絶えず変容を余儀なくされてきたことが分かる。

 パリクラブにおける日本の位置づけとしては、自助努力促進やモラルハザード防止、ニューマネーへの悪影響の観点から、債務削減について一般的に「非常に厳しいスタンス」で臨んできており、こうした日本の姿勢は「他の国々にも十分浸透している」という。他国からは「状況に応じてもっと柔軟に対応すべきではないか」との声も聞かれるとのことだが、慎重な立ち位置を取ること自体は、債務削減(借金の帳消し)が容易に可能という誤ったメッセージを与えないためにも、債務削減のみで脱貧困を成しえた国が過去存在しないことを見ても、基本ラインとしては間違っていなかったと思う。累積債務問題の本質は、当該債務国の短期的な資金繰りよりもむしろ長期的な経済成長の可否にあり、安易な債務削減を国際社会からの支援の主流とするのではなく、当該国の賢明な経済政策運営に対する援助(ひと頃の構造調整融資のような、一律的な改革パッケージの押し付けを意味しない)、特に投資・貿易を促進する触媒としての援助、公平な国際貿易ルールの構築など、幅の広い施策によって当該国の長期的な成長と国際収支改善を促すことが肝だと思う(実際には中々それができなくて苦労しているわけだが)。

 ちなみに本書の著者紹介によると、松井氏は三菱銀行入行後、入社5年目の29歳のときに仏大使館に出向してパリクラブを担当、その後32歳のときに本著を書いている。本書の目配りの広さや著述の平易さ(物事をよく知っていないと平易には書けないもの)から、もっと年配の実務家の方が書いた本かと思ったが、なんと自分とあまり歳の変わらない人が書いたとのこと。「もっと研鑽せねば」と本書の主旨とは違うところでも発奮させられた。

(1996年、財務詳報社)