Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

ポール・コリアー 『Wars, Guns, and Votes: Democracy in Dangerous Places』

 前著『The Bottom Billion』の2年後に、コリアー氏が同地域における政治的暴力の問題に焦点を絞って世に出したのが本書。前著の内容でいうと、「紛争の罠」とそれを解決するための「軍事介入」「法と憲章」をより詳しく掘り下げた印象がある。

 同氏はまず、法の支配とチェック&バランスの欠けた民主主義はただの「Democrazy」であり、そのような環境下で行われる選挙は、民族政党同士がその後数年間の全ての権限をかけて繰り広げる文字通り生死を賭けた闘いとなる、と述べる。現職側は賄賂や暴力、集計不正などあらゆる手を使って権力に固執するほか、負けた側も勝った方の正統性を疑い、紛争やクーデターを容易に誘発する。同氏によれば、低所得(一人当たりGDPが2700ドル以下)の国においては独裁制よりも民主制のほうが紛争を招きやすい、また民族間憎悪や政府の非正統性といったインセンティブ要因よりも反政府側が経済的に戦争を開始可能かどうかという経済要因のほうがより直接的に紛争を誘発する、とのこと。
 また、紛争後の国家においては紛争再発のリスクはきわめて高く、一定の経済成長がなされるまでの平和維持軍の駐留や、シエラレオネで英国が行ったような軍事保証(Over-the-horizon guarantees、平時は少数の兵しか駐留しないが有事の際には大部隊が本国から駆けつける)、長期的な経済援助のコミットメントなど、国際社会ができることは多い、と述べる。

 以上の分析を踏まえて解決策を検討する章では、欧州の国々が長い時間をかけて安全保障を確立する中で租税や社会サービスの提供を通じて国家的なアイデンティティを人々に付与してきたこと、独立後の多くのアフリカ諸国はそのプロセスを欠き国家よりも民族のアイデンティティを優先し同一国内での紛争を誘発してきたこと、仮想敵を利用したウガンダのムセベニやルワンダのカガメ、統一言語政策など優れた政策を実行したタンザニアのニエレレらを除き、国内の指導者が国家としてのアイデンティティを人々に付与できた事例は少ないこと、などをまず指摘する。

 具体的な解決策の提案としては、①民主的な選挙を経た政権には軍事的な保障を与える取極めを結び、民主的な選挙がなされなかった場合にはその後起こりうるクーデターを黙認する、②ガバナンス・コンディショナリティの付与(グッドガバナンスを援助供与の条件とする)や社会サービスを一手に実施する独立機関の設立を通じて健全な公的支出を担保する、③(イラク戦争のような先制的軍事行動は良しとしないが、)近隣諸国間の軍事相互協力や軍事予算削減のインセンティブ付与(軍事予算削減と援助増をリンクさせる)を通じて安全保障を供給する、の3点を挙げる。
 これらの解決策は、理想と実現可能性との間で絶妙なバランスを保っている。2000年代に入っても間断なく続く政治的暴力の連鎖を見れば(かつての西アフリカの中心・コートジボワールで続いた政治危機、東アフリカの雄・ケニアの2008年暮れの血にまみれた大統領選挙は、いずれもこの問題の根の深さを象徴している)、イラク戦争のような歪んだ介入は言語道断だが、熟考なき非干渉主義はただの無関心の表れでしかないとも思う。ただしコリアー氏の提案①~③はいずれも当該国の政治・経済に対する一定の国際介入を前提としたものであり、ここにこの問題の難しさがある。同氏は、「The bottom billion」の国々が安全保障の提供と国民に対して果たすべきアカウンタビリティを実現していない現状を引いて、まさにここに国外勢力しか果たしえない役割がある、と主張するのだが、国外からの「内政干渉」との謗りと国内の予算削減圧力に屈せずに介入の覚悟を決められる先進国が、現在の世界にどれだけあるだろうか。また①については、クーデターを放置した場合に生じうる人的・物的被害にはどう対応するのか、クーデター後の軍事政権すらも腐敗した場合(コートジボワールのゲイ政権など)にどうするか等、同氏が本書で予期した以上の慎重な検討が必要だろうと思う。

 ちなみに、昨年末から続いたコートジボワール危機に際してはフランスが出兵してバグボ前大統領の部隊を鎮圧、リビアカダフィ政権が武力をもって自国民を弾圧した際には英・仏を中心としたNATO軍が武力行動を行う等、一定の介入を是とする事例が続いている。ただし、コートジボワールは昔から仏との経済的な結びつきが強く多くの仏国民が在留している、リビアは欧州に隣接し、かつ世界経済に影響を与える大量の原油を埋蔵している、という特有の事情を持っていた。短期的には影響が少なくとも現地の人々に多大な損害を与えており、長期的に見れば世界の安全保障に大きな影響を及ぼしかねない依然として紛争が続く地域、例えばソマリアコンゴ民主共和国ダルフール地域に対しては何が出来るのか、引き続き国際社会の覚悟と知恵が問われている(というか、未だに事態が解決されないのはさすがにどうかと思う)。

(原著:Paul Collier. 2009, Harper Collins.
 邦訳:甘糟 智子 訳、『民主主義がアフリカ経済を殺す 最底辺の10億人の国で起きている真実』日経BP社、2010年)

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