Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

古賀 茂明 『日本中枢の崩壊』

 先月の発売以来ベストセラーになっている、公務員制度改革を推し進めた異色の経産官僚・古賀氏による回想録と提言の書。元財務省高橋洋一氏(http://blogs.yahoo.co.jp/s061139/10325662.html
)、元外務省の佐藤優氏(http://blogs.yahoo.co.jp/s061139/18825230.html
)など、中央省庁で異端児として排除されたのを機に、官僚の無謬性の虚妄を赤裸々に告発した人物は過去にもいたものの、公務員制度改革電力自由化などあまりにも敵の多い、かつまさに現在進行形の政策課題について、ここまで深く抉った人物はいなかったのではないか。巻末に「数年前に大腸がんの手術をした・・・まだ転移の可能性があるといわれる」とあるが、こうした生活環境の変化でもなければ、30年以上在籍した古巣を完全に敵に回す本書を世に出すことはできなかったのではなかろうか、とさえ思う。いずれにしても同氏のこの勇気は賞賛に値する。
 
 同氏が現代日本の最大の課題と考えるのは公務員制度改革である。「現行の年功序列制は若手官僚にとって幸せな制度になっているとはいいがたい」とし、基準・前例の踏襲やゾンビ企業への補助金投入に終始している政府の中小企業振興策を引いて、「現在の官僚に決定的に欠けているのがこの『感性』である。・・・目は曇り、耳は遠くなっている。聞こえてくるのは、政府に頼って生きながらえようとするダメ企業が集まった団体の長老幹部の声や、政治家の講演者のゆがんだ要請ばかりだ」と述べるなど、古巣の経産省に対しても容赦ない。

 安倍政権は、硬直的で前例踏襲の各省庁の行動様式を改め、横断課題に迅速に取り組む体制作りの一環として、小泉政権も手をつけなかった最難度の領域に着手、まず公務員による天下りの斡旋を禁止する国家公務員法改正を実現した(2007年)。同総理は官僚のサボタージュ攻勢にあって退陣を余儀なくされたが、福田政権のもと渡辺行革大臣が、国家戦略スタッフの創設、内閣人事局の創設、キャリア制度の廃止、官民人材交流の促進を謳った革命的な「国家公務員制度改革基本法」を成立させる(2008年)。
 しかし改革派の躍進はここまで。同法を受けて、内閣人事局の創設と国家戦略スタッフの創設を柱とした国家公務員法改正案は2009年3月に国会に提出されたが、同8月に廃案。その後、予算編成を前に財務省を味方にせざるを得ないとした民主党の変心により、2010年2月の改正案では、基本法の精神が完全に「骨抜き」にされ、2010年6月には菅政権が、政府系法人への現役出向や民間への派遣拡大、高位専門スタッフ職の新設を含む「退職管理基本方針」を閣議決定、改革の流れを完全に逆行させた。

 一度正社員として大会社に勤めた方なら分かると思うが、給与・役職といった自身の待遇は、とりわけそれが入社時に保障されていたことであれば、そして家族を持つ中堅・幹部となれば尚更、ときに全てのエネルギーを投入してでも守るべき既得権益となる。これを脅かす敵が現れた場合、合理的な理由であれば個人として賛意を持つ者もいなくはないが、総じて中堅・幹部はもちろん、自身の存在理由がかかる労働組合ですらも徹底して抵抗する。
 しかしながら、能力のない高給職員がのさばる組織は、総じて活力を失う。まずもって、自身の能力を試したいと考える優秀な若手が入ってこなくなる。金融危機後はだいぶ風潮が薄れたと聞くが、東大の優秀な学生がキャリア官僚の誘いを蹴って外資金融機関やコンサルティングファームに流れているのは、全く不思議とは思えない。50代にならないと局長や審議官になれない中央省庁と、能力あれば30代で役員になれる民間とでは、人生における選択肢としての魅力がまったく違う。

 福島第一原発事故が、津波対策の不備、事業者と行政の行き過ぎた一体関係によるチェック体制の甘さ、ひいては安全管理部門と推進部門の両方を有する経産省の組織構造の欠陥、政界やメディアにも大きな影響力を及ぼす強すぎる東電の事業形態などに起因していたことは、今や公然の問題認識となっている。しかし過去のエネルギー政策の見せ掛けの無謬性は、先輩批判を封じる霞ヶ関の文化ともあいまって、これまで内外の批判の声を徹底的に封じ込めてきた。(経産省は中央省庁の中でもっとも自由闊達な雰囲気であると言われているが、それでも)古賀氏によれば、「核燃料サイクルに反対した若手官僚三名が左遷され、うち一人は経産省から退職を余儀なくされたこともあった」という。この戦後史上最大の人災は、見ようによっては、まさに日本の硬直した官僚制の問題そのものだったとも言える。

 正論からすれば「国家公務員制度改革基本法」の精神にのっとった改革が今こそ必要なのは言うまでもないが、現実に実施するのは極めて難しい。突破口として考えられるのは、やはり省庁の抵抗を押し返せるだけの能力と覚悟を持った政権のトップダウンと、それを支える国民とメディアの支持によってしかない。しかし現在の民主党には全く期待できず、また時期も時期であるため、改革を実現させるための諸条件が整うのは早くて10年ほど先ではないか、と悲観的な思いを強くしている。
 
講談社、2011年) 


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