Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

米原 万理 『ガセネッタ&シモネッタ』

 こちらは、米原氏が通訳としての仕事をされる中で体験したエピソードを中心に綴ったエッセイ。かつて一緒に仕事をさせていただいた露語通訳の方は「米原さんが露語通訳の業界をメジャーにした」と仰っていたが、本書を読んでその正しさを改めて実感した。

 通訳業界の舞台裏を描いた笑えるエピソードが満載なのだが、印象に残ったのは、あまりに経済効率一辺倒な最近の風潮を嘆く、どちらかというとシリアスなくだりである。米原氏によれば、かつてのソ連は、計画経済のもと、世界中のどんなマイナーな言語についても一定数の国民に学習させ、さまざまな民族の歴史と文化に通暁した。しかし現代の(ロシアを含む)資本主義諸国は、一番経済上効率的な英語を介したやり取りに偏き過ぎている、という。「第一外国語からできるだけ言語的に離れた、もうひとつの外国語を学習することによって、初めて本格的に第一外国語は突き放され、鳥瞰できる」とも。これは正論だし、確かに英語に加えてアラビア語やロシア語を学ぶ人が増えれば、英米一辺倒の日本人の外国論もだいぶ変わるだろうとは思うが、そもそも日頃外国語の必要性を感じず、とかく何かと忙しい現代の日本人が、直接複数の外国語を学習するのはあまりにもハードルは高そうである。できることといえば、自分の中での情報の偏りを自覚して、できるだけ複数の言語圏発の情報(邦訳であっても)に触れるよう心がけることくらいだろう。
 
 また、個人的に励まされたのは、米原氏が「黙読する限り、日本語の方が圧倒的に速く読める。わたしの場合平均6、7倍の速さで、わたしの母語が日本語であることを差し引いても、これは大変な差だ」と述べている箇所。当方は、あまりの外国語コンプレックスが災いしてか、「英語でも日本語と同じくらい速く本を読めるようになる」ことを目指していた時期があったが、これは全く無茶な目標であった。日本屈指の同時露語通訳として鳴らした米原氏でさえも、露語よりも日本語のほうが、6、7倍も速いのである(米原氏の日本語の黙読スピードがとてつもなく速い、という説もあるが)。ましてや、当方のような一般ピープルでは推して知るべし、である。加藤周一氏が述べているように(http://blogs.yahoo.co.jp/s061139/34065587.html
)、取り込める情報は母語である日本語でサクサク取り込んで、どうしても必要に迫られているものだけ外国語で読む。これは外国語に接するうえできわめて合理的かつ自然な姿勢だと、本書から改めて教えられた。

(2003年、文春文庫)

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