Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

髙村 薫 『リヴィエラを撃て』

 髙村薫の4作目にあたる長編小説。謎のコードネーム「リヴィエラ」を巡る元IRAのテロリストと各国情報機関の死闘を描く。

 物語の主軸となるのは、元IRAのテロリスト・ジャック・モーガン、警視庁外事課の手島修一、MI6のエージェントで世界的なピアニスト・ノーマン・シンクレアらだが、そこにMI5やスコットランド・ヤード、CIAや中国・日本政府の思惑がからみ、あたかも重奏な交響曲の体を成している。1972年の北アイルランドから1992年の日本まで、縦横無尽に展開する舞台設定と伏線の数々を頭に入れた後は、終章まで一気に加速するストーリーから目を離すことが出来なくなる。

 主な登場人物に焦点を当て、読者によって幾通りもの読み方が可能だが、個人的に一番印象に残ったのは、「リヴィエラ」の呪縛に突き動かされて命を散らしたジャック・モーガン。「自分の知らない街を作品に登場させるわけにいきませんから」という髙村氏による北アイルランドの風景は臨場感にあふれ、この大地が包摂する反抗の歴史の悲哀を一層深くしている。北アイルランドで連綿と続く生と死の螺旋について、「階段の最後はきっと、まだ神も人間も住んでいなかったころのアイルランドの大地だ。草と風と空だけがある・・・」と呟くシーンには、彼の悲しく静かな世界観が凝縮されている。

 髙村氏は、本作の原型となる処女作『リヴィエラ』を、まだ前職の会社勤めをしている時代に執筆したという。(当たり前だが)自分にはとても真似できないだろうな、と思いつつ、この広く深いプロットを可能にした同氏の構成力と想像力に、ただ恐れ入るばかりである。

(1997年、新潮文庫、上・下巻)


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