Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

佐藤 真 『パリっ子の食卓 四季の味90皿』

 1979年の創刊以来パリの在留邦人にとって欠かせない情報収集ツール・日本語新聞「OVNI」の編集者である佐藤氏が、同紙に毎回掲載しているフランス料理レシピ90品をまとめた本。

 フランス料理と聞いて、日本に暮らす普通の人はまず「敷居が高い」と思ってしまうのではないか。テレビや雑誌で紹介されるフランス料理は、星付きレストランで供されるような素材もソースも手の込んだ品々ばかり。当方も「同じ西洋野菜や肉・魚を料理するならイタリア料理のほうが調理が簡単だしおいしい」と信じ込んで、フランス料理を敬遠してきた一人である。
 しかしこの本を読むと、そんなステレオタイプはたちまち覆される。タイトルが雄弁に語るとおり、子羊のシチューやほうれん草のグラタン、キッシュや牛肉の赤ワイン煮など、普通のパリっ子が市場で旬の素材を買って自宅で作る、和食でいえばお惣菜のような?家庭料理がたくさん紹介されており、なにもフランス料理は一皿数千円もするような手の込んだ品々ばかりではないということを教えてくれる。
 
 見開き2ページで一品が紹介されるが、佐藤氏は、他のレシピ集のように冒頭でいきなり必要な材料の分量をリストアップするような無粋なことはやらない。「こんな奇怪な形をした大アザミのつぼみを最初に食べた人はエライ。パリに来たてのころ、学生食堂で丸ごと出てきたときには・・・」という自身の体験談からアーティチョーク、「パリ郊外、マルヌ川のほとりには、まだガンゲットと呼ばれるレストランが残っている。一昔前のパリの庶民たちは・・・」という挿話からハゼのから揚げのレシピに入る。90皿のストーリーを読んでいるだけで、パリっ子の日々の暮らしの様子がすーっと頭の中に入って来、そしてそのうち口の中がよだれで一杯になるのである。

 季節ごとにレシピを分類しているのも素晴らしい。「春」の章に登場するのは、アスパラガスやエスカルゴ、タンポポのサラダ。「夏」に入ると夏野菜のラタトゥイユあたりが登場する。今(4月)は春だが、実際にパリの市場に行くと白や緑のアスパラガスがざるに山盛りにされている。これまた果物のように甘くておいしいのである。佐藤氏はパリ市内で料理教室を開催しており、先日お邪魔してタンポポのサラダを食してみたが、クセのある苦味でやみつきになりそうな味。やはり一番の美食は、その土地の素材を、旬のうちに食べることだと実感する。

 他にも、ウサギやカモ、エイやサメ、ブダン・ノワール(豚の血と臓物のソーセージ)から各種チーズに至るまで、とにかくてんこ盛りのレシピ集。クスクスやヤッサ、スープ・カンジャなど、マグレブ諸国やセネガルの料理も紹介されている。料理好きであれば、読んでいるだけで幸せになること請け合い。ちなみに「OVNI」のウェブサイトでも、佐藤氏のレシピのバックナンバーにアクセスできる(http://www.ilyfunet.com/a-table/plat.html
)。

(1995年、河出書房新社