Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

西水 美恵子 『国をつくるという仕事』

 元世界銀行副総裁の西水氏が、借入国の指導者や市井の人々とのやり取りを中心に、在職中の経験を綴ったエッセイ。「国づくりは人づくり。その人づくりの要は、人間誰にでもあるリーダーシップ精神を引き出し、開花することに尽きる」と言っている。

 西水氏の南アジア各国の首脳との丁々発止のやり取りはきわめて印象深い。「わが国が抱えるリスク、それは貧困に尽きる」と言い切ったインドのシン首相とパキスタンムシャラフ元大統領。「恐れ多くも人の上に建つ指導者は、身辺を清め、民の規範となるよう努力すべし」と西水氏の箴言を受け、一族の債務清算を約束したパキスタンのシャリフ元首相。「悪者が国王になる確率が5割ではリスクが高すぎる」と自らの権限を大幅に縮小する政治改革を推進したブータンの雷龍王4世(前国王)。歯に衣着せぬ直言を恐れない西水氏のやり取りは、ときに痛快でさえある。

 西水氏は、超長期にわたり途上国に融資を行う世銀の融資業務の重みを感じながらも、「国体持続の判断は、歴史的観点を踏まえたうえで、国民と国家指導者の信頼関係を感じ取るしかないと思った。だから、草の根を歩きめぐり、貧村やスラム街にホームステイをし、体を耳にするのが仕事なのだと決めた。そして、その判断をもとに良い改革への正の外圧になることが、世銀のリスク管理と営業の真髄だと考えた」と自らを振り返る。常に歴史に学ぶ姿勢と人々への深い共感をもち、借入国の政府に対して言うべきことは言っていく。順調な経済発展を進めながら政権に対する民衆の不満が爆発したチュニジアやエジプトなど昨今の中東諸国の動向を、西水氏は苦虫を噛み潰したような顔で見ているに違いない。

 現実を見れば、世界銀行が常に「正の外圧」たることはきわめて難しく、途上国の経済政策の命運を握る組織ゆえ、その言動はときに傲慢とみられ、事実、過去には多くの過ちもあった。近年は途上国の資金調達手段が多様化しており従来の開発金融機関のプレゼンスは縮小していると見る向きもある。そうであればこそ、現代の世界経済の担い手達が、この大いなる先達の言から学ぶべきことは多い。

(2009年、英治出版

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