Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

太田 博昭 『パリ症候群』

 海外法人の精神保健対策の第一人者として知られるパリ在住の精神科医・太田氏が、パリの地で精神的に不安定な状態となる人々の一群「パリ症候群」について記した本。フランス在留者の間で同氏はかなり有名人のようで、パリ日本人会のニュースレターにも同氏の連載コラムが載っている。

 本書で明らかにされるのは、戦後経済成長の波にのって海外渡航が当たり前になるなかで、言語の障壁を含むカルチャー・ショックに翻弄され、精神的に傷つく海外在留邦人の姿である。1988年からパリで邦人専門の精神科外来診療を続ける同氏の診察歴にもとづく30近い事例が紹介されており、とくに本社と仏人スタッフの板挟みとなる駐在員を紹介する「日本企業の出向者には『うつ病』が多い」の項は他人事と思えず、思わず背筋に緊張が走った。

 当方もまだ1ヶ月半しかパリに住んでいないが、本書で紹介されているとおり確かにフランス人はお喋り好きで、寒い真夜中でもカフェやバーのテラス席で煙草をふかしながら議論しだおすパリジャンをよく見かけるし、商店街で買い物するだけでも、行く先々で「『ありがとう』、何で日本語を知ってるのかって?なんたって俺は日本人だからね」「パテ200g?2kgじゃなくて?若いんだからもっと食えるだろ」などとべらべら喋りかけられるのが普通である。

 本書によればフランス人は「アングロサクソンや日本とは異なり、一度も発言していない人に発言のチャンスを与えるような配慮は微塵もない」のであり、日本人にとっては「気分変動の幅が極端に大きいため、相手のコトバや態度の<意味>を取り違えやすくなる」厄介な相手とのこと。外国人を相手にする仕事をしている都合上「議論説得型」の思考回路には慣れるよう心がけているつもりだが、生まれも育ちも生粋の日本人なので、「察してください」的な「以心伝心型」の思考回路(とくに日本人同士で仕事をしているときは尚更)に頼ってしまうことがままある。どちらも自由に使い分けられるのがベストなのだろうが、経験上、帰国子女でもない日本人がこの域に達するのはとても難しい。

 いずれにしてもしばらくはフランスに住むことになるため、「(複数メンバーでの議論に強くなるには)高い授業料を払って夜間コースに通うくらいなら、・・・フランス人の友達と交わるか、自宅に帰って疲れを休め、テレビ討論会でも見ながら議論の戦略を練る方がよほど効果がある」という太田氏のアドバイスに従って、過労に気をつけつつマイペースで、パリ生活を楽しんでゆきたいと思う。また、以前にも増して日本人が世界の荒波にもまれている昨今、本書は日本でもっと広く紹介されて良いとも思う。

(1991年、トラベルジャーナル)

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