Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

米原 万理 『ロシアは今日も荒れ模様』

 伝説的な日露通訳でエッセイストの米原氏による、ロシアとロシア人をユーモアたっぷりに描いたエッセイ集。

 寝ても覚めてもウォッカに飲まれる悲しいロシア男たちの実態、ゴルバチョフエリツィンといった指導者たちの素顔、通訳時代の実話から説くロシア人との交渉術。ロシア式の小咄も随所に散りばめられており、最後の一文まで飽きさせない。とりわけ印象的なのは、通訳としてその人となりに直に触れたゴルバチョフエリツィン両氏に対する視点である。

 ゴルバチョフについては、「彼が政治家デビューから大統領退陣にいたるまでの全期間を通して、一度たりとも、自国民にその信を問うたことがないという事実に愕然とする」とあるが、これにはあっと思わされた。確かにその通りで、ソ連書記長のポストも大統領のポストも、その政体上、直接民主制のプロセスを経たものではない。前者は官僚機構内での出世競争によるもの、後者は国民によって選ばれた議員が三分の二しかいない議会での、しかも共産党枠での選出によるものである。ゴルバチョフは国外では絶大な人気を誇ったが、ペレストロイカによる経済の混乱によって自国民の支持を失った(1996年大統領選挙での得票率は僅か0.5%)。ソ連という政体の特質上やむを得なかったこととはいえ、ゴルバチョフには、改革の旗手として、率直に国民から内政の評価を受ける機会を持つ勇気を、より早い段階で設けても良かった。

 対照的なのはエリツィンで、「どんな原則も説得的な思想もない」と評される一方、大衆からの支持のみで政界を這い上がってきたその出自ゆえに、「ゴルバチョフと違って、いざとなると、かならず直接国民の信を問う。どんな支離滅裂、メチャクチャなことをしでかしても、最後には、国民に下駄を預けてしまう。それが、国民にはたまらなく可愛げに映るのではないだろうか」、と米原氏は評する。後年にはエリツィン氏も権力闘争に明け暮れその評価を落とすが、20世紀のソ連・ロシア史を振り返れば稀有な「民主的」リーダーであったことは間違いない。

 ところで2010年12月9日付「Economist」誌は冒頭で、腐敗・硬直した行政制度を継続し、天然資源輸出にかまけて自国の産業振興を怠っているプーチン・メドベージェフ率いる同国政府について、かなり批判的なトーンで論じている(http://www.economist.com/node/17677756?story_id=17677756
)。この迷走する大国を論じるにはあまりにも勉強不足だが、現代ロシアの趨勢についても、いずれ時間を見つけて自分の意見をまとめてみたいと思っている。

講談社文庫、2001年)


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