Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

ジョセフ・コンラッド 『闇の奥』

 あまりにも有名なイギリス文学の古典。以前から読もう読もうと思っていたものの時機を逸し、今に至ってようやく時間が取れたもの。
 かの「地獄の黙示録」のモチーフになった作品ということでとても期待して読んだものの、貿易会社の出張所長として現地で原住民を支配した怪人物・クルツは、主人公と遭遇後、たいした会話をする間もなく、病のためあっさり死んでしまう。クルツが事切れる際の台詞"The Horror! The Horror!"が印象的ではあるものの、何を指して"The Horror"と言っているのか明瞭な記述はなく、読者は自分でその答えを探さねばならない。
 訳者の藤永氏によれば、2005年時点での本書についての「基本的コンセンサス」は、「ヨーロッパ白人による殖民地支配と搾取の一般に対する仮借のない批判攻撃であり、その残虐行為の対象となった黒人たちに注がれた同情と賞賛を含んだ眼差しを、彼が「だらしのない悪魔」と呼んだ白人たちに対する軽蔑の眼差しと比べれば、コンラッドは、アチェベの断定とはまったく裏腹に、むしろ反人種差別主義であった」とのこと。
 しかし藤永氏は、現在でも研究と反省が途切れることのないホロコーストと、1890年代から1900年代にかけて600万人から900万人が殺されたベルギー領コンゴを比較し、「もしコンラッドが・・・、植民地主義一般の深奥の真実、アフリカのウィルダネスとは無関係に存在するヨーロッパ人の心の<闇の奥>を描いたものではなかったとすれば」、本書をめぐる論議は再考されるべき、としている。
 コンラッドがどこまで自覚して本書を世に送ったか今では知る術がないが、今日において本書から読み取れる主題は、植民地主義の問題に留まらず、あまねく人間が持つ悪しき闇―見知らぬものに対しての無関心、偏見、嫌悪、これらに伴う排他的な暴力―であるように思う。コンラッドが本書を書いてから百年、「闇の奥」は今も世界中で蠢いている。

(原著:Joseph Conrad, "Heart of Darkness",
 邦訳:藤永 茂 訳、2006年)

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