Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

リヒャルト・カプシチンスキー 『黒檀』

 今まで知らなかったが、カプシチンスキー氏は一時期「ルポルタージュの皇帝」と呼ばれていたらしい。ノーベル文学賞の受賞候補に名前が幾度も挙がった、とも。
 自らの取材に基づいた具体的で圧倒的な文章の中に、問題の核心や全体像を的確に織り込ませる。文体は簡潔だが、フィクションのような叙情性にあふれている。そんなカプシチンスキー氏の表現力は、アフリカでの滞在経験を短編形式でまとめた本書でも、随所に見ることができる。今回邦訳を実現させた訳者をはじめとする関係者の方々の尽力に敬意を表したい。

 とりわけ印象に残ったのは、当方も住んでいたことのあるセネガルでの農村訪問経験を描いた「アブダラーワロ村の一日」。わずか8ページの短い章ながら、人々の暮らしに迫る視点は的確で、鋭い。バスターミナルの喧騒、長い長い隣人への挨拶から始まる村の暮らし、猛暑の中で細々と営まれる農業。かつて「カプシチンスキが4日間、街を歩き回ればもう十分。何年も現地に住んでいる人間よりもずっと、そこで起こっていることを熟知している」と評されたらしいが、確かにうなずける。

 ルワンダ内戦やリベリア内戦の背景・推移について解説した「ルワンダ講義」「冷たき地獄」も、本書の白眉。人類史稀に見る凄惨な争いがなぜ両国で起こったのか、これ以上明瞭な説明を記した本はあまりない。ルワンダでは、植民地政府によって煽られたフツ・ツチの対立の歴史が、リベリアでは、米国から帰還した新植民者と土着民(どちらも黒人)との100年以上もの確執の歴史が紐解かれる。リベリア内戦初期、ボー大統領(当時)が反乱軍のジョンソンに拷問・虐殺される様子を収めたビデオテープについて語るくだりは、夢に出てくるような鮮烈な描写である。

(邦訳:工藤 幸雄 ほか 訳、2010年、河出書房新社
 原著:Ryszard Kapuscinski 'Heban' 1998.)

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