Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

広河 隆一 『パレスチナ』

 ジャーナリストの広河氏がパレスチナ問題の実像を伝えたルポルタージュ。家の本棚に眠っていたもの(1987年版)を取り出してきて読了。
 既に新版が出ているが、建国以来のイスラエルパレスチナの軌跡を知り、パレスチナ問題の本質を掴むうえでは、旧版でも情報は古びていない。レバノン内戦によって蹂躙されるパレスチナ人難民キャンプの描写も鮮烈である。

 パレスチナ問題に臨む広河氏のスタンスは明確である:「ユダヤ人が歴史上、凄まじい迫害を受けたことを否定する人はいない。しかしそこからどのような教訓を引き出すことが出来るかが問題だ。ユダヤ人を救わねばならない、ということが、ユダヤ人だけを救わねばならない、ということであってはならないのは当然である。」同氏のパレスチナ問題へのかかわりの始まりが、建国初期イスラエルが喧伝したユートピアとしての「キブツ」への研修旅行だった、というのは興味深い。「ユートピア」の裏で、パレスチナ人は強制的に住処を追われ、徹底した経済的・社会的差別を被っていた。以来半世紀以上にわたって、イスラエル支配地域に居住するパレスチナ人と、外国に逃れたパレスチナ人難民が味わってきた辛苦は、筆舌に尽くしがたい。

 今月2日、米国および「カルテット」の仲介で、パレスチナイスラエルの直接対話が再開した(http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20100902k0000e030037000c.html
)。当方が所属する組織でも中東通の人間は何人かいるが、対話の見通しについては一様に悲観的のようである。何よりもまず、今月末にイスラエルの入植自粛期限が切れることから、右派のプレッシャーに耐え切れなくなったイスラエル側が入植を再開し、パレスチナ側がテーブルから離れる可能性が極めて高い。万が一交渉が継続したとしても、妥協点を見出して両者が何らかの合意締結に至るのは不可能に近い、というのである。

 しかし個人的には、経緯はどうあれ、1年と期限を区切って両首脳がテーブルに就いた、という事実に期待を抱かずにはいられない。(ユダヤ・ロビーの影響力を差し引いても)高まるオバマ政権や欧米諸国からの圧力や絶えないテロの脅威に直面するイスラエル。ネタニヤフ首相は与党内で磐石の地歩を築いており国内世論をまとめきれる可能性をもっているし、これ以上強硬策を続けても経済的に得られるものは少ない、と頭の中では理解しているだろう。切れるカードが限られるのは、やはりアッバス議長の方である。対話が二国家実現の方向に向かって進む場合、両者の交渉は、イスラエルがこれまで入植を進めてきた領土をどれだけ正式に承認できるか、という条件闘争になる。領土的側面だけ見れば、これまで着々と既成事実を積み重ねてきたイスラエルにとってはどんな結論であっても「成果」であり、パレスチナにとっては痛みを伴う「譲歩」である。この「譲歩」に対して、米国・アラブ諸国を含む国際社会がいかに報いることができるか、「痛み」の矛先となるパレスチナ自治区や国外のパレスチナ難民に対しどれほどの経済的・社会的回復のための措置・支援を実施できるか、が鍵だと思う。
 いずれにしても、交渉の決裂は、より多くの一般のパレスチナ人やイスラエル人にとっての不幸を招くだけである。両者にとって妥協できる、具体的で現実味のある仲介案を示すことができるか。オバマ政権の外交手腕が今ほど問われているときはない。

(1987年、岩波新書