Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

クワメ・エンクルマ 『わが祖国への自伝』

 先日日本を訪れていたガーナ高官と夕食をともにした際に、「ニジェールギニア象牙海岸といった周りの国々と比べて、ガーナの政治・社会が安定しているのは何故だと思うか」と不躾な質問をしたところ、「建国者のスピリットだ」という答えが返ってきた。いわく、「エンクルマは、特定の人種や部族をえこひいきせず、平等に富を配分した。後継者も彼の教えを忠実に守った。その結果、ガーナでは政権交代も平和裏に行われている。それが(人種・民族間の軋轢を生んでいる)他国との違いだ」とのこと。今日では、外国投資や援助を円滑に引き込むためににも、安定したガバナンスは不可欠である。

 この自伝は、同氏の数ある著作のうちもっとも初期、1957年ガーナ独立の直前にかかれたもので、自身の生い立ちから海外留学、植民地独立運動に身を投じてガーナ会議人民党を率い、遂に独立を勝ち取るまでが描かれている。

 ガーナの田舎に生まれ、自然に囲まれて育った若者は、まず教師として社会人のキャリアをはじめ、転機となったアメリカ留学(渡米時、「聖書とシェイクスピアとオルコックの文法書」しか持っていなかったという)、そしてロンドンでの政治活動を通じて、ガーナ国民が求めるリーダーとしての経験と能力を身につけていった。当局による投獄と、獄中からの選挙出馬。時代のうねりは、この男を必要としていた。ガーナ独立を承認する英国からの電報を受け取るシーンは、思わず涙が出そうになる。彼は独立の日付を告げる全国放送の演説を、こう締めくくった:「ゴールに到達したからといって、ただ喜ぶのをやめようではないか・・・わが国の最高の利益を、まず最初に、深く考えようではないか。ちっぽけな政治上の争いや策略を投げ捨て、このガーナに堅固な不動の政治的基礎をきずくことに努力しようではないか。あらゆる思い、行い、祈りをとおして、わが国の政治の水準を高め、維持することにつとめようではないか。」

 民主主義政権下の過去の偉大な指導者たちがそうであったように、エンクルマ氏も卓越したコミュニケーション力をもっていたことが、本書を読めば分かる。当時の国民が求めていたものを、具体的で簡潔な言葉で表す。抽象的な信念と具体的な政策の往復。熱を帯びた感情と冷静な論理の両立。同時代の世界の動きと過去の歴史を的確に踏まえた自らとガーナの立ち位置の描写と、希望にあふれたビジョン。冷静に読もうとするのだが、気がつけば夢中でページを手繰っている自分に気づく。

(邦訳:野間 寛二郎 訳、理論社、1960年
 原著:Kwame Nkrumah "Ghana, A Autobiography of Kwame Kkrumah" 1957.)