Foomin Paradise (読書ブログ)

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武内 進一 『現代アフリカの紛争と国家 ポストコロニアル家産制国家とルワンダ・ジェノサイド』

 JETROアジア経済研究所の武内氏による、現代アフリカの紛争の原因は「ポストコロニアル家産制国家」の解体にあるとする論考。
 「ポストコロニアル家産制国家」は、①家産制的な性格、②暴力的な性格、③国際関係で獲得した資源を国内統治に利用、④市民社会の侵食、の4点に特徴付けられ、1980年以降、①経済危機、②経済自由化(国家に替わり市場が台頭)、政治的自由化(多党制により権力が分散)、により解体を余儀なくされた。この動きは、集権的な家産制の不安定化とパトロン・クライアント・ネットワークの分裂を招き、同ネットワーク間の紛争が多発するに至った、というのが武内氏の仮説。これをルワンダの事例を用いて検証している。ルワンダの場合、長きにわたったフツのハビャリマナ政権が、1980年代以降、①経済危機、②経済自由化、③政治的自由化により脆弱化を余儀なくされ、大統領地縁のアカズに象徴されるパトロン・クライアント・ネットワークの凋落につながり、時同じくして起こった内戦をきっかけに脅威を増したツチ勢力を、なりふり構わず敵視するようになる様子が描かれている。

 本書の事例分析はルワンダのみに留まっている。しかしながら、アフリカの政治・社会に少し通じた人間なら、ルワンダで見られたような政治的・社会的混乱の種は、各国のいたるところに内包されていることが分かる。富の偏在からくる人々の不満のの蓄積、複数政党制の台頭に伴う政党間・人種間の対立の顕在化、それでもなお既得権益を維持しようとする政治的エリートによる扇情的なスローガンと「仮想敵」の設定。たとえば、東アフリカの「優等生」といわれたケニアで2007年末、選挙をめぐる混乱の末、大規模な暴動・殺戮が発生したのは記憶に新しい。ネポティズム既得権益に引きずられずに、適切な経済政策と政治を推し進めることが、いかに難しいことか。2000年代に入り経済成長を見せているアフリカ諸国だが、その基盤となる政治の安定性は、国によってはきわめて危うい。「ポストコロニアル家産制国家」を超えて新たな展望を開く、例えばリベリアのサーリーフ大統領のような、強い政治的意思を持ったリーダーの台頭が待たれる。

 「誰がルワンダのジェノサイドを実行したのか」という問いは、この歴史的な惨事に触れたものなら誰しもが抱く疑問である。武内氏は、ストラウスの先行研究を引き、自身が集計したデータと照らし合わせ、地方行政幹部や政党幹部、教師・聖職者などの専門職、地域の有力者など「社会的ステータスや教育程度の高い『農村エリート』が、比較的若く、貧しく、教育程度が低いといった特徴を持つ『暴漢』たちを率いる形で、農村部のジェノサイドを主導した」とする解釈に正当性を与えている。情報や交友範囲が限られる地方の農村においては、こうした「農村エリート」が、一般の人々に対して大きな影響力を持っている。1990年の内戦勃発以降、ツチ勢力の台頭によって既得権益が切り崩されることを恐れたフツのエリート層は、とりわけハビャリマナ大統領暗殺事件以降、「ツチ排除」を率先して主導し、一般の人々にもこの動きに同調するよう求めた。ごく普通のフツの人々にとっては、殺人・暴行などは平時では考えられない所業だが、彼らがこうした「農村エリート」や「暴漢」に「(ツチを)殺すか、あるいは(穏健派フツとして)死を選ぶか」の二者択一を迫られ、やむにやまれず集団殺戮の暴徒の群れに身を投じていった、というのは残念ながら説得力をもった構図である。

(2009年、明石書店


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