Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

イシメール・ベア 『A long way gone: Memoirs of a boy soldier』

 先日仕事でシエラレオネを訪れた。内戦終結から8年、人々の眼はどことなく憂いを帯びているように見えるものの、首都フリータウンは活気に満ちており、各省庁やドナーの政策にも復興国ならではの勢いが見て取れた。豊かな自然や鉱物資源に恵まれ、今後の急速な経済発展のための一定の条件は整っているように見える。一方で、2002年まで続いた内戦の影響は大きく、行政や民間を支える知的労働者の数は圧倒的に不足している。内戦によって破壊されたインフラを修復・改善するのも並大抵の努力では足りない。少年兵の社会復帰など融和に向けた取り組みも道半ばである。

 同地で手にしたこのペーパーバックは、内戦初期に政府軍の少年兵だったベア氏(1980年生まれ)の回顧録である。家族を殺した反乱軍への復讐と、飢えからの解放を求め、同氏は13歳のときに政府軍に参加した。AK47を背負って反乱軍との戦闘に臨み、ドラッグに浸かり、捕らえた捕虜は残忍な方法で殺すことを強制された。ユニセフのケア施設に入れられた後も、施設のなかに元反乱軍所属の少年兵が居ると分かった途端、銃剣を手にとり殺し合いの抗争を始めた。

 普通の村に住む少年が、どのように戦火に巻き込まれていくのか。家を、家族を、絆を断ち切られ、どのように兵士としてのアイデンティティを確立し、村を焼き払ったり、捕虜を殺したりできるようになるのか。実際にこれらの過程を体験した者にしか書けない文章が、この本に記されている。

 自らの行為に向き合い癒しを得た後、もともとスピーチの才に恵まれていたベア氏は、国連の会議で演説するためニューヨークを訪れ、そこで現在の里親を得る。一旦シエラレオネに戻るが、フリータウンの治安が急速に悪化した1997年、ベア氏は陸路でシエラレオネを脱出する。反乱軍に包囲されたフリータウンを命からがら脱出するシーンには、思わず読み手の心拍数も上がる。

 シエラレオネをここまで荒廃させたのは、隣国リベリアの介入と反乱軍(RUF)の膨張、その背景にあるものはシエラレオネ東部のダイヤモンド利権である。不幸にも世界有数のダイヤ鉱脈を国内に有していたことで、ディカプリオ主演の映画『ブラッド・ダイヤモンド』で描かれたように、この国は文字通りの大混乱に陥った。とてつもなく大きい代償を支払った後、世界のダイヤモンド業界は紛争ダイヤの取り扱いを禁じ、内戦終結シエラレオネのダイヤ採掘権は国営企業の手に戻った。
 非戦闘民に残虐の限りを尽くしたRUFら当時の軍閥の蛮行は、人類史に残るものである。その負の歴史から、シエラレオネがどう立ち直ってゆくのか。大げさな言い方をすれば、今後数十年のシエラレオネの動向は、「憎悪の20世紀(ニーアル・ファーガソン)」を生きた人類が、21世紀を平和と発展の世紀にできるかどうか、その一つの試金石である。
 
(Farrar Straus & Giroux; Reprint, 2008.
 邦訳:『戦場から生きのびて ぼくは少年兵士だった』忠平 美幸 訳、河出書房新社、2008年)


https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/F/Foomin/20190829/20190829194043.jpg