Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

真山 仁 『ベイジン』

 日本の原発プラントメーカーから派遣された主人公・田嶋が、中国大連市の世界最大級原発建設の技術顧問として派遣され、同国共産党の権力闘争や技術力の制約と戦いながら運転開始を目指すエンタテイメント・フィクション。
 党中央規律検査委員会から原発運転開始責任者の特命を受けて派遣されたもう一人の主人公である大連市党副書記・ドンとのぶつかり合い、その中で互いを認め合いながら共通の目標に向かって邁進していく:「諦めからは何も生まれない。希望とは、自分たちが努力し、奪い取るものだ。」
 そして舞台終盤に訪れるステーション・ブラックアウト(原発内の全交流電源喪失)。絶望的な状況の中で、ドンは自らの使命を自覚する:「そうだよ、兄さん。俺もようやく命を張れる場所を見つけたよ。俺が生きた証を刻める場所をね。」 
 ひさびさに夢中でフィクションを読み通した。真山氏の作品は初めて読んだが、冗長な描写が一切なく、小気味良くテンポが進み、とても良い(いつの間にかドンの秘書がドンにべた惚れになっていて、あれ?と思ったりすることはあったが 笑)。

 真山氏のメッセージは、凄まじいスピードで原発大国への道のりを歩む中国の原発製造・運転の安全性に対する危機感である(今月号の文藝春秋にも同様の趣旨の寄稿をされている: http://www.bunshun.co.jp/mag/bungeishunju/
 )。原発大国とされる日本でさえトラブルは後を絶たず、2009年度の原発稼働率は70%に満たない。まして技術の蓄積を持たない中国で、ひとたび事故が起これば、同国はもちろん、中国の真東に位置する日本が蒙る被害も甚大である。
 中国だけではない。ベトナムインドネシア、インドなど多数の新興国原発導入が進んでいる。原発先進国による官民挙げての受注合戦が喧しくなって久しいが、各国の原発産業にもっとも求められるのは、短期の収益や業績拡大ではなく、後にも先にも安全性のはずである。チェルノブイリ原発事故から23年が経ったウクライナでは、先日、事故による国内被害者数は公式に確認されているだけで230万人と報じられた( http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/accidents/2596472/4077666
 )。
 「原発ルネッサンス」が避けられない時代の流れであるのなら、せめてIAEAや各国政府・原発業界には、より一段上の安全意識・人材育成を担保する覚悟と努力が求められる。

幻冬舎文庫、上・下巻、2010年4月)


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