Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

山崎 豊子 『不毛地帯』

①本の紹介
白い巨塔』や『沈まぬ太陽』などで知られる山崎氏の長編小説。シベリア抑留地や戦後の総合商社を舞台に、旧日本陸軍作戦参謀・壱岐の苛烈な生き様を描く。

②印象に残ったパート
 終戦直後、関東軍に停戦を伝える大本営命令を帯びて壱岐満州に飛ぶ。本土帰還前に事故で傷ついた士官学校生を代わりに司偵に乗せ、自らは大陸に残る:「壱岐は、滑走路を走り、離陸し、夕闇の中へ消えてゆく機影を見送りながら、これでいいのだ、自分は生きていてはならぬ人間なのだと、自らに云った。」
 シベリア抑留を経て総合商社・近畿商事の幹部として活躍する壱岐。米国大手自動車企業の日本進出の仲介役として、陸士同期の元韓国陸軍参謀総長・李のパイプを活用する。韓国で李の仲介で大統領に謁見後、李が壱岐に語る:「『韓国独立後22年間、政権の座について10年間、アメリカと日本に接触してきて、大統領の心の底に残ったものは、アメリカと日本に対する憎しみです。経済援助と引き換えにアメリカには、ベトナム派兵と言う国民の血を吸い上げられ、日本からは、札束で顔を逆なでされるような屈辱感、お解り戴けますか、壱岐さん』壱岐は、頷いた。他人から金を貰うといことは、個人の場合と同じく、多分に感謝の念より、コンプレックスが先にたち、それがやがて憎悪となって沈殿する。」
 近畿商事で壱岐の腹心として中東での油田獲得競争に奔走する兵頭。鉱区の一番札を獲るために、イラン国王の側近中の側近である侍医にようやくたどり着き、吼える。「ドクター!われわれ日本人はかつて石油を獲得するために戦をやり、私も陸軍士官として、闘いました、しかし今は平和の使者として貴国を訪れ、サルベスタン鉱区の開発に当りたいと、熱望しています!」そして壱岐は、米国からイランへの米海軍仕様のF14戦闘機供与に尽力することと引き換えに、侍医から一番札の確約を得る。
 獲得した油田から石油が噴出し、近畿商事の社長・大門と壱岐は一躍時の人となる。その機を逃さず、もはや老害を見せ始めたワンマン社長・大門に、壱岐は自らの辞表を携えて退陣を迫る。「『会社は、あと、どうなるのや』『組織です、これからは組織で動く時代です、幸いその組織は、出来上がっております』壱岐は入社時、大門から大本営参謀として持っている作戦力と組織力をわが社に生かしてほしいと求められたのだった。『そうか、あとは組織か・・・』大門は、今はここまでと覚悟を決めるように云った。『社長・・・』壱岐の眼に耐えていたものが、光った。」
 
③読後の感想
 主人公・壱岐のモデルは、陸軍からシベリアを経て伊藤忠商事に入社、「瀬島機関」を率いて同社を日本屈指の総合商社に育て上げた瀬島龍三、といわれている。戦後日本を焼け野原から立ち直らせた政・官・財の中枢で、先の戦争の当事者が多く活躍した、というのは岸信介らの例を見れば明らかだが、本書でいうところの壱岐の例も、このことを如実に物語っている。
 山崎豊子の小説は、膨大な取材に基づいて書かれており、フィクションといえども、その描写はとても生々しい。戦後日本の総合商社は、各国情報機関やユダヤ・華僑社会と並んで世界屈指の情報収集能力を備えていると言われたらしいが、例えば壱岐の部下・兵頭が王の側近の侍医とのパイプから情報を得て苛烈な国際入札を勝ち取るシーン、壱岐大本営時代の人脈や献金を用いて時の政権や国内外の有力者に巧みに食い込み利権を勝ち得ていくシーンなど、社会は通り一遍倒のきれいごとだけでは通用しないことを赤裸々に読者に教えてくれる。
 結局のところ、主人公の壱岐は、大本営参謀として陸軍の無謀な作戦を止められなかったにもかかわらず、戦後は大商社の役員として辣腕をふるい昔の同僚を結果的に死に追い込んだり、愛妻を死なせた直後に年下の愛人と結ばれたり、やりたい放題ではないか、とつい突っ込みたくなる一方、国益とは何か、そのために己はどうあるべきか、孤独のうちに誰よりも深く考え続けた人物、というトーン終始描かれており、作者が壱岐のなかに共感している部分というのはおそらくこの辺りにあるのだろうと思う。

                                 
                                   (新潮文庫、1983年発行)


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