Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

山形 浩生 『訳者解説 新教養主義宣言リターンズ』

1.本の紹介
クルーグマンやロンボルグの翻訳で知られる山形氏の訳本に付された「訳者解説」を14冊分集めた本。山形氏の翻訳に対する姿勢や考え方が透けて見える。

2.印象的なパート
 冒頭でいきなり山形節が炸裂する。「新聞雑誌で書評と称するものを書いている人は、一応は平均的な読者より見識も高く、読解力もあるはずなのに、度し難いバカだらけだ。本のあらすじを書いて最後に『深く考えさせられる一冊である』とつけるだけの、小学生の読書感想文みたいな書評が山ほどある。」「ぼくは多くの人にとっての『読む』というのが、書かれていることを読んでその論理を頭の中で再構築して理解する、ということではないんじゃないかとにらんでいる。」
 山形氏が翻訳という仕事を楽しまれている理由は、この辺にありそうである:「やっぱりいま、おもしろい展開は境界領域にある。心理学と経済学が交錯し始めた行動経済学や、進化論と経済学、脳科学と言語や経済や政治、コンピュータと著作権、ロケット科学と現代史と小説等々。」
 また、翻訳という仕事を評していわく、「そこには、自分の行きたいところに行けないという、多少のフラストレーションがある。その一方で、まさに自分が行きたいと思っていなかったところに行けるのが、翻訳のおもしろいところではある。それはふつうの読書でも得られる体験かもしれないけれど、人は通常は、自分の想定外の部分では目が上滑りして、読み飛ばしてしまうことが多い。」

3.読後の感想
 山形氏が扱う本のジャンルは幅広く、哲学、経済、環境、心理学、情報、各領域の境に位置する学際的なものまで、一見「何でもござれ」である。ただし本書を読むと、やはり日本で知られていないものの社会的に意義があると思われる本を意図的に抽出して紹介されている、ということに気づかされる。やはり時代の先端を行く「知」の情報は、どんな分野においても英語圏に偏っている、という事実と、こうした問題意識をもって翻訳という仕事をする以上、山形氏という人が幅広い方面に相当高いアンテナを張って、自分のような一般人から見れば毎日ものすごい情報量に自らをさらされているのだ、ということが分かる。
 一般的に「翻訳」という職業は、世に知られていない他言語圏の優れた著作を世に紹介することに意義があるのだと思うが、山形氏は、単なる翻訳に留まらず原著の主張を噛み砕いて解説したり、他の評者の主張を批判も含めて紹介したり、日本社会の文脈に置き換えて新しい論点を提示したり、単なる訳者に留まらない存在感を示しつつ職責をきっちり果たしておられる。到底実現できなさそうはあるが、僭越ながら、こうした仕事をしてみるのも将来の職業のひとつの選択肢か、とまで思わされてしまう。
 しかも驚きなのは、山形氏の本職はODAコンサルタントであり、本業の合間に、こうした翻訳活動を続けておられる、ということである。山形氏が毎日どれくらいの本や雑誌や新聞や映画や演劇Etc.インプットをされ、翻訳をはじめとするアウトプットをされているのか分からないが(しかも日・英)、いったいどういう風に時間のやりくりをされているのか、ぜひ尋ねてみたいものである。
 最後に、本書を読んで、買って読んでみたいと思った同氏の訳本を以下、備忘録を兼ねて記しておく。
  レッシング『CODE』
  エインズリー『誘惑される意思』
  フランクファート『ウンコな議論』
  ミルグラム服従の心理』

                                 (バジリコ、2009年11月発行)


https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/F/Foomin/20190829/20190829193605.jpg