Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

レフ・トルストイ 『人生論』

 ロシアが誇る19世紀の文豪・トルストイが、生命や死について彼自身の考えをつづった論文。『戦争と平和』を読み始める前に読破。彼が晩年、人間が持つ理性の力をかたくななまでに信じていたことが分かります。
 

1.「人間の生命の根本的な矛盾」

 トルストイによれば、人間はあまねく自身の幸福を求めるために生きている。しかし、自身の幸福は他の要因によって容易に左右されうること、そして自身の幸福の追求が最終的には自身の死への絶え間ない接近であること、に気づくにともない「自分の感じていないものだけが、自分ひとりだけ持ちたいと望むようなもろもろの特質を有している」、すなわち、自身の幸福は求めども手に入らない、という根本的な矛盾に悩まされるようになる。
 若干簡略化されすぎている気もするが、主旨は分かる。幸福のありようは人それぞれもちろん違うが、それがどのようなものであれ、100パーセントの幸福な状態というのはありえない。まわりの人間関係、属する共同体のありよう、経済的な制約など、さまざまな要因によって自身の幸福は容易に左右されうる。そして何より、人ひとりの一生に与えられている時間は限られている。
 

2.「生命の矛盾」問題を解決する生命の定義

 トルストイは、孔子仏陀、キリストら古代の賢人・宗教家の言葉を引いて、「現代にいたるまでの数千年にわたって、およそありえない誤った個人の幸福の代わりに、滅びることのない本当の幸福を教示しながら、人間の生命の矛盾を解決」する生命の定義を、人類は古代から有している、という。たとえば、仏陀:「生命とは、至福の涅槃に到達するために己を捨てることである」。孔子:「生命とは、人々の幸福のために天から人々のうちにくだった光の伝播である」。ストア学派:「生命とは、人に幸福をもたらす、理性への従属である」。
 ここから読み取れるのは、「個人の幸福のみを追い求める生活は無意味である」というトルストイ自身の思想。その代わりに、「理性」のもとに、他者を含めた総体としての幸福を追求していくこと。この見地からすれば、人ひとりの人生は、古代より人類が連綿と続けてきた「光の伝播」の一点に他ならない。


3.理性的な意識の発露は「愛」の感情

 「人間はだれでも、ごくごく幼いころから、動物的個我の幸福以外に、もう一つ、もっとすばらしい生命の幸福があって、それが動物的個我の肉欲の満足とかかわりないばかりか、むしろ反対に、動物的個我の幸福を否定すればするほど、ますます大きくなってゆくことを知っている。・・・理性とは、人間の動物的個我が幸福のために従わねばならぬ法則である。愛とは、人間の唯一の理性的な活動である。」
 トルストイは「動物的個我」すなわち自身の幸福の追求を、「理性」とその発露である「愛」に従属させるべき、と明確に主張している。これはそのまま、万人にとっての根本的な問題「人間はいかに生きるべきか」に対する彼の答えになっている。
  

(原著:1887年発表、 
 邦訳;原 卓也 訳 1975年発行、新潮文庫