Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

林 俊行 編 『国際協力専門員 技術と人々を結ぶファシリテータたちの軌跡』

 JICA(国際協力機構)に所属する海外技術協力の専門家「国際協力専門員」12名によるエッセイ集。彼らが仕事を始めるに至ったきっかけ、技術協力の現場での仕事の内容、同業者に伝えたい「心がけ」について、濃いメッセージが350ページにわたって記されています。
 例によって印象に残ったパートを幾つか。

 「農業・農村開発を志す人には、途上国の農村に入る前に日本の農村に滞在し、実際に農作業や農村生活を体験する機会をぜひ持ってほしい。・・・・途上国の現状を具体的に変えていきたい、私はこの思いをいつも持って国際協力に仕事に携わってきたが、それは至難の技である。この至難の技を成し遂げられるかどうかは、さまざまな問題への対応能力を人と人との関係性の中でどれだけ持っているかにかかっていると思う」(第2章、時田 邦浩 氏)
 ⇒確かに、途上国での開発を志す援助関係者の若い世代のなかで、実際に日本の農業・農村について肌で感じて知っている人がどれだけいるか。自分も長野のとある農家の方が仰っていた「農業はその土地の環境のことを本当によく知っていないと出来ないもの。外部者が支援するとしても、途上国の農村で本当に役に立っているのだろうか」という言葉が忘れらない。

 「国際協力専門員という仕事をしていると、海外留学から帰ってきて意気揚々と仕事探しをしている若い人たちの相談係のようなこともする。外国語には習熟しているし、たしかに彼らはまじめによく勉強している。他方、そこで出会うのは、たとえばマイクロ・ファイナンスの先駆的事例として知られるバングラデシュグラミン銀行のことは研究していても、日本の講や無尽、二宮尊徳のことは露ほども知らなかったり、ガーナの構造調整のことはよく知っていても、ほぼ同時期に新興していた日本の構造調整、たとえば国鉄の民営化についてはまったく知らなかったり、という自分の国を知らない若者たちである。・・・いつか必ず役に立つ。それだけの経験が、この国には間違いなくあるのだ。」(第3章、清家 政信 氏)
 ⇒海外技術協力の仕事をしていると、「日本の経験」について外国の方から尋ねられることが多い。明治期以降の経験、戦後の経済成長、「失われた10年」、京都や鎌倉の伝統文化、話題は様々。その度に、自分がいかに日本のこと、そして故郷の地域(東京でなくて地方)のことを知らないか、痛感させられる。

 「解決の鍵が欧米の手法にしかないと思い込んで、欧米人による専門書を翻訳して金科玉条としていると、日本が途上国で取り組むべき本質的問題を見逃してしまう。問題解決の鍵は、日本の中世から近代、そして現代史を素直に勉強することで必ず得ることができる。半世紀という短時間に途上国から先進国までの過程をすべて経験してきた国は日本以外にはない。途上国としての苦しみも悲哀も、そして欧米先進国には退けを取らないという気概も、そのすべてが私たちの歴史の中には詰まっているのだから」(第12章 渡辺 正幸 氏)
 ⇒「日本以外にはない」というくだりに、日本人としてのアイデンティティを強く持ったうえで海外の現場に相対しようという、渡辺氏の強い姿勢を読み取ることができる。今後数十年にわたって少なくとも東アジア諸国をはじめとする新興国の所得が向上するとすれば、上述の「経験」は日本だけの強みではなくなる可能性が高い。しかし、それでもなお、日本が発信できるコンテンツの量は、援助機関の職員が現在気づいているよりもっと多いことに、間違いはなさそうである。

                           (2008年発行、新評論


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