Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

ポール・クルーグマン 『良い経済学 悪い経済学』

 昨年ノーベル経済学賞を受賞、「ニューヨーク・タイムズ」の辛口コラムニストとしても知られる国際経済学者・クルーグマン氏が1990年代前半に公表した論文・エッセイをまとめた文庫本。「出版年が古い」と侮るなかれ。289ページの文章は、世界経済・米国経済への鋭い洞察に満ちており、今読んでも新しい発見が多くありました。


1.国の「競争力」とは何か

 「賃金の安い中国に生産拠点が移ることで、米国の競争力が弱まり、国内の製造業から雇用が消えていく」といった世間の「俗流経済学者」たちの主張に対し、クルーグマン氏は国際経済学マクロ経済学の理論(19世紀から20世紀初頭にかけて確認されたような基本的なレベルの理論)の立場から、冷静に反論を加えていく。
 「実際には、国の競争力を判断するのは、企業の競争力を判断するときほど簡単ではない。」「考えられているほど(世界の)相互依存は進んでいない・・・現在ですら、アメリカの輸出総額は、国民が生産する付加価値の10パーセントに過ぎない。」
 「主要な先進国が貿易戦争を闘っている」というのは一部の識者が作り出した幻想に過ぎない、というのが同氏の主張。


2.なにが先進国の非熟練労働者賃金を押し下げているのか

 クルーグマン氏は、1941年のストルパー・サミュエルソン論文を引いて、昨今の先進国の非熟練労働者の賃金低下の原因は、経済のグローバル化に伴う「要素価格の均等化ではない」と言い切る。よって、「第三世界の成長が第一世界の雇用を奪う」という「俗説」は誤りである、とする。
 代わりに、同氏は、非熟練労働者の需要低下の原因として、技術の変化、とくにコンピュータ利用の増加を挙げている。
 また、アメリカの輸入の大半が今でも先進国からのものであること、発展途上国との貿易にともなう賃金競争の影響は以前からの貿易相手国で賃金と技術水準が上昇していることによって相殺されること、も併せて指摘している。


3.シンガポールソ連の共通点

 クルーグマン氏は、東アジア諸国が「奇跡」と言われた経済成長を謳歌していた1990年代前半の時点で、アジア経済の成長の限界について指摘している。ソ連シンガポールとの間の共通点を見出すあたりは、本書の白眉。いずれの国も爆発的な経済成長を遂げたが、それはいずれも生産要素の拡大、すなわち労働人口の増加、投資率の向上、高等教育の普及といった要因によって導かれた成長だった。
 しかし、これら人口増加や投資効率の上昇、高等教育の普及には限界点があり、知識の蓄積・技術進歩を必要とする一生産要素あたりの効率性上昇抜きでは、継続的な経済成長は訪れない。同氏は、シンガポールや台湾といったアジアの虎たちの過去数十年にわたる経済成長の要因についての学術論文を引きつつ、これら諸国の経済成長は効率性の上昇を見せていない、とした。


4.われわれは何を知るべきか

 わたしが知る限り、過去10年間にベストセラーになったアメリカの経済書のなかで、常識的な貿易理論に触れたものはなかった。」「経済の問題、とくに貿易の問題を論じるのであれば、専門知識は必要ないと見られているようだ」といったクルーグマン氏の「苛立ち」を、本書の随所に見ることができる。
 「20世紀の最後の10年間に、学生に何よりもまず教えるべき点は、ヒュームとリカードの理論なのだ。つまり、貿易赤字は自動的に調整されること、貿易から利益を得るためには相手国に対して絶対優位を保つ必要はないということである。」


(原著:Paul Krugman "Pop Internationalism" 1996, Massachusetts Institute of Technology.
 邦訳:山岡 洋一 訳、2000年、日経ビジネス人文庫


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