Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

榊原 英資 『間違いだらけの経済政策』

 元財務官で早大教授の榊原氏による新著。マクロ経済理論の限界や、ミクロの構造改革農林水産業の振興、資源エネルギー分野での政府の役割強化、円高志向への転換などの必要性について、同氏の主張を簡潔にまとめた本。


1.マクロ経済理論の限界

 榊原氏は、マクロ経済理論の限界について、その学問としての根本の出自に立ち返った原理的な問題を提起する。これまでほとんどの経済学や社会科学の理論が、「ニュートン力学をその基礎としており、時間反転対称性と決定論をその特徴とし」ている一方、現代物理学においては「決定論に代わる確率論、時間反転対称性に代わる付加逆性」が、より重要視され始めているという。また実際の市場経済においても、ジョージ・ソロスのように「人間が予測をし、市場取引にかかわるということ自体が市場に影響を与え、決定論的に市場予測をするのは不可能」と主張する関係者も現れてきている。
 これらの背景も踏まえ、人々の主観が交差する実際の市場において客観的かつ決定論的なモデル化を試みることについて「それなりの意味はありますが、マクロモデルをあまり信用しすぎては問題です。あくまで、一つの参考にとどめておくべきでしょう」というのが榊原氏の主張。


2.製品のデフレと資源のインフレ

 伝統的なマクロ経済政策が利かなくなっている要因のひとつに、各市場におけるトレンドの変化がある。グローバリゼーションとともに技術・情報の拡散や生産プロセスの低賃金化が進んだ結果「製品のデフレ」が世界的にすすむ一方、新興経済を中心とする莫大な原材料の需要増を受けて「資源のインフレ」が顕著になってきている。
 榊原氏は、「日本の民間セクターは前者の構造変化については、生産ネットワーク、サプライチェーン・ネットワークをつくることで巧みに対応し」てきた、とする一方、後者の構造変化については公的セクターの関与が不可欠であるにもかかわらず、たとえば資源・エネルギー分野においては「本来であれば民営化すべきでない分野でも進行し、資源開発、資源ファイナンスの重要な役割を担っていた公的組織が著しく弱体化されてしまって」いる、と問題提起を行っている。


3.円高志向政策への転換

 円高論者として知られる榊原氏。本書でも、2.の市場構造の変化を受け、円安バブルの是正とあわせ、改めてその主張を明確にしている。同氏によれば、日本経済は「売るシステムから買うシステムへ」転換を迫られており、外需に頼る輸出メーカーも、原材料の購入、海外投資の促進といった側面において利益を享受できる、という。
 逆に榊原氏が恐れているのは、日本の安い金利による金利差からきている現行の「円安バブル」が、不況とドル金利の切り下げ・金利差の縮小によって一気にはじけ、急激に円高へと触れること。不況下での株安・円高は、よりいっそう難しい経済金融政策の舵取りを、政府と日銀に迫ることになる。


                           (日経プレミアシリーズ 2008年11月発行)


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