Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

瀬川 拓郎 『アイヌの歴史 海と宝のノマド』

 先月北海道に旅行したときに、旭川市博物館で見つけた面白そうな本。思わず手にとってしまいました。
 「アイヌ」と聞いて、「自然と共生しエコロジカルな社会を形成していた北海道の先住民」というイメージを自然と思い浮かべる人は、自分を含めて多いはず。旭川市博物館で学芸員を務め、現在の旭川地域に居住していたアイヌ人の研究を続けている瀬川氏は、この本を通じて、こうした一般的なアイヌの「イメージ」に疑問を投げかけます。
 「生態系への圧力になっていたとみられる偏向した狩猟漁撈・富の蓄積・侵略――」
 「北の狩猟採集民アイヌは、縄文文化で歩みを止めてしまった人々、つまり縄文人生きた化石だったわけではない。本州の人々が農耕社会に踏み出し、激変の歴史を歩んできたように、北の狩猟採集民の社会もまた、あゆみこそ異なるものの変容し、複雑化し、矛盾は拡大してきた。かれらはその歴史のなかをしたたかに生き抜いてきたのだ」
 アイヌ社会の複雑性、多様性をビビッドに描き出した名著だと思います。
 
  
1.そもそも「アイヌ文化」とは

 「アイヌ」とは、アイヌ語で神に対する「人間」の意。
 北海道の考古学では、古代「擦文文化」以降、年代的には13世紀以降、中世期の遺跡から見つかる物質文化(鉄鍋、漆塗りの椀、骨角製の狩猟具、サケ捕獲用の鉤銛、平地住居、土葬墓など)の組み合わせを「アイヌ文化」と呼ぶ。


2.「縄文エコシステム」と「アイヌ・エコシステム」

 瀬川氏によれば、以下のように定義される。
「縄文エコシステム」:特定種に偏らない柔軟な生業の体系を持ち、河川交通が社会を規定する要因となっていなかった、多様性や分散性を特徴とする縄文の自然利用・環境適応。
アイヌ・エコシステム」:富の生産としてのサケ漁に偏向し、流通手段としての丸木舟の運航のありかたに規定された擦文から近世の自然利用・環境適応。
 サケは、北海道に居住する狩猟採集民にとって、日常の消費および本州への輸出のため、重要な品目となっていた。
本州に残されている史料によれば、北海道からの移出品は、ヒグマ・アシカ・アザラシ・クロテンの毛皮とワシ羽、コンブやサケといった消費物資。これらと引き換えに、鉄鍋や漆塗りの椀といった日用品を本州から手に入れていたと見られる。これらの交易の始まりは、同時に、土器づくりを行っていた擦文文化の終焉をも意味した。


3.アイヌ社会の「格差問題」

 知里幸恵アイヌ神謡集』(岩波文庫)の冒頭に収められている神話「銀の滴降る振るまわりに」にもあるように、アイヌ社会の「格差」は相当な度合いに達していた。
 アイヌ社会における「首長」は、「鍬形」と呼ばれる宝飾品と、それに宿ると考えられた霊力の力を背景に、多種多様な宝、隷属者や妻妾を獲得し、これらの労働力と資本を持って生産・交易活動を展開、さらに富の集積を進めていった。
 瀬川氏によれば、「アイヌ社会の進化は、名誉と威信という価値と深く結びついていた。・・・かれらがなぜ宝を追い求めるノマドであったかといえば、宝が名誉と威信をもたらしたからだ。私たちは、私たちとはちがう価値を至上のものとし、ちがうかたちで進化した社会があったことを受け入れなければならないだろう」

                                  (2007年発行、講談社選書メチエ


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