Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

C・シャヴャニュー、R・パラン 『タックスヘイブン グローバル経済を動かす闇のシステム』

 フランスの経済ジャーナリスト・シャヴァニュー氏とサセックス大学国際関係学部のパラン教授による共著。
 知っているようで詳しく知らない「タックスヘイブン」。バミューダ諸島ケイマン諸島マネーロンダリングや租税忌避、といったキーワードが思い浮かびますが、体系的にまとめられた資料や本は案外少なく、その意味では貴重な本といえます。 
 なお経済学者のジョーンズ氏によれば、タックスヘイブンの定義は「税金の最小化と、企業の金融操作に対する制限の削減によって国際的な活動を引きつけようとする意図的政策をとっている国々」。


1.タックスヘイブンの沿革

 19世紀以降、先進諸国は、二つの異なる原理原則「各国の自国における排他的主権」と「自国の先進的企業の国際的活動に対する支援(とくに米国や英国)」のはざまで、いくつかの解決策を見出していく。タックスヘイブンへの対策として4つの着地点を見出していく。すなわち、①国外の地域で署名された契約の扱い方に関する国際的な公法を発展させる、②海外投資をあつかう法律の調和をはかるために二国間貿易協定を結ぶ、③私企業のお互い同士での処理に任せる、④オフショア経済の発明。
 20世紀の大恐慌期、不安にかられるヨーロッパの資本家たちをひきつけるため、スイスは自らを重要な金融市場としてアピールすることに成功した。1934年に成立したスイスの銀行法は、その第47条で銀行の秘密厳守を刑法の対象とすることによって(情報を漏洩した銀行員は刑事訴追される)、自国の銀行に秘匿された資本を絶対不可侵のものとした。国際的な批判を浴びつつも、自国の銀行からの資本逃避を恐れたスイス政府・議会は、この第47条を黙認し続けている。


2.ロンドンのタックスヘイブン的性格
  
 タックスヘイブンに関係する金融の流れを地理学的に類別すると、カリブや中米の島々やスイス・ルクセンブルクなど小国の金融市場のほか、ロンドンが大きな位置を占めていることがわかる。 
 1950年代末に誕生したユーロダラー市場(アメリカ以外で行われるドル取引を扱う市場)は、当時のイングランド銀行の「非在住者同士でポンド以外の外国通貨で行われる金融取引はいっさい規制を受けない」という決定によって、ロンドンを世界の金融センターたらしめることになった。その存在感の大きさは2000年以降も依然として続いている。
 ロンドンは第二次大戦以降ドルの支配力の増大にともなってその威光を失っていたが、「重要なのは、国際貿易がポンドで行われることではなくて、それがロンドン市場で行われることであることを、イギリス当局はわかっていた」。


3.タックスヘイブンをどう規制するか

 タックスヘイブンを規制しようとする国際的な動きは過去に幾度か盛り上がったものの、重要な進展を見せないまま現在にいたっている。その理由は、①スイスやイギリス、アイルランドといったタックスヘイブンにより利益を得ている国々による抵抗、②民間企業の複雑な利害関係、とりわけ金融業者・保険業者・会計事務所などタックスヘイブンから恩恵を受けている者たちからの政治的圧力、③オフショア金融が世界経済を支える重要な屋台骨になっているという事実、すなわち軽規制・軽課税の場が提供されることによってグローバリゼーションの「取引コスト」が削減されている、という事実、による。
 ③についてもう少し詳細に述べると、銀行や企業、そして船や飛行機も、個人と同じように、法的に存在するためには、世界中の国家のうちのどれか一つの国家のなかに「登記」される必要がある。また、情報やコミュニケーションの技術発展に伴い、取引が実際に行われる国家と、取引を法的に成立させる国家とが分離してゆく現象が増大している。ここに、軽規制・軽課税のタックスヘイブンの「利用価値」が生じるのである。
 もっとも、著者はこの傾向を良しとしているわけではない。この種の現象に自主規制は無効であり、国境をまたぐ公的規制しか方途はない、と見越している。「効果的な政治活動」の機は熟しており、少なくともヨーロッパに関しては、OECDや各国財務当局を中心に、タックスヘイブン規制の動きが進展の兆しを見せている、という。

 
 確かに「タックスヘイブンを知らずしてグローバリゼーションは語ることができない」。その秘匿性ゆえに実態をつかむことが難しい経済主体であるものの、フランスを中心に情報収集を続け、その実態に迫った著者の努力に拍手。
 

(日本語版:杉村 昌昭 訳、作品社、2007年発行
 原著:Christian Chavagneux, Ronen Palan "Les Paradis Fiscaux", 2006.)


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