Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

服部 正也 『ルワンダ中央銀行総裁日記』

 1965年から6年間ルワンダ中央銀行の総裁(日銀からIMFへの出向中)を務めた服部氏の当時の回顧録、1972年出版。新潮社の雑誌『FORESIGHT』2008年9月号でアジア経済研究所の平野克己氏によって紹介されており思わずアマゾン購入。
 服部氏は当時のルワンダ政府に招かれ、当時のカイバンダ大統領とともに財政・通貨を含む包括的な経済改革に着手します。経済金融に関する専門用語は自然たくさん出てきますが、これら技術的な側面を抜きにしても学ばされる点は数多く、語られる内容は現代のアフリカ開発・援助にも通ずる普遍性を持っており、現在においても国際開発に携わる方々にとって必読の価値を持っていると思います。

1.途上国の経済社会政策に携わる者の心構え
 同氏がルワンダを離れる際の送別会で大蔵大臣が送った言葉をそのまま引用。
「あなたは、ルワンダ国民とその関心事とを知るため、外人のクラブや協会や、滞在期間が長いという理由で当国の事情を知っていると僭称する人たちから聞き出すことをせず、直接ルワンダ人にあたって聞かれた。・・・あなたの基本的態度は、ルワンダ国民のために働くのであるから、まずルワンダ人にその望むところを聞かなければならないということでした。」この言葉に同氏は、「私に対するルワンダ人の信頼が、単に外人崇拝とか地位に対する盲信によるものではなく、自分たちを理解しようとしている異国人の努力に対するものであった」ことを知ったという。
 この本の中で、外国人社会からは「怠け者」と表されるルワンダ商人や農民の行動が、実は非合理な政府規制に起因するものであることを、ルワンダの農村をめぐったりルワンダ商人に話を聞いたりすることを通じて確信し、商業と生産の自由化を伴う経済改革を起草するに至る同氏の思索の変遷が綴られている。また「ルワンダのことはルワンダ人が知っている」ことの象徴的なエピソードとして農林大臣との「米と綿花」についてのやり取りが紹介されている。他方、既得権益の上にあぐらをかくベルギーをはじめとする政府や商業セクターの外国人に対しては一貫して厳しい目線が投げかけられる。
 「途上国の経済社会政策に携わる者の心構え」としては様々なフレーズが思い当たるが、「その国のことはその国の人が一番知っている」という当たり前の大原則を心に刻み続けることは、日々の調整業務に忙殺されがちな開発ワーカーにとっては「言うは易し、行うは難し」。ただ、この本を読んで40年前の偉大な先輩の姿勢を知った以上、自分も改めて心に刻み付けないわけにはいかない。

2.政策の一貫性と政治のコミットメント
 服部氏が大統領の指示のもと「1人で」起草した経済改革は、(1)二重為替相場制度の撤廃、(2)公正な税制の導入、(3)価格の自由化、を芯としつつも、同氏のメインフィールドである物価・通貨のみならず財政・税制・産業・貿易・インフラにまで及ぶきわめて広範なものだった。
 同氏はルワンダ赴任後すぐに直面した課題・ルワンダフランの平価切下げにあたり、大統領と面会する機会があり、その場で平価切下げがもたらす影響と留意点について、自身の日本やパリにおけるセントラルバンカーとしての経験をもとにきわめて率直かつ簡易に大統領に説き、その場で大統領からルワンダ経済の建て直しのための「司令塔」として信任を得るに至った。
 外国人の中央銀行総裁が産業・貿易にも及ぶ経済改革案を計画することについては、文中で語られているとおり同銀行内や内閣における他の大臣・省から批判めいた声もあったものの、大統領は全幅の信頼を服部氏に寄せており、関係閣僚および国会議員以下、最終的には同氏の経済改革案を諒承し、施行。同改革の成果は、その後数年の各経済指標の改善に見て取ることができる。
 改革の起案に当たって、服部氏は当初あまりのルワンダ経済の惨状にめいった気持ちになりながらも、汚職がなく誠実なルワンダ人の気質と有望な農業鉱業資源の存在に自信を取り戻し、大統領の言を汲んで、IMFさながらの性急なショック療法を取らず、「ルワンダ民衆のための「農業中心で農民の繁栄をはか」るための経済改革案を起草していく。具体的には、ルワンダ商人の商業分野への積極的参入を促すための国境貿易の許可免除を含む商業の自由化、農民の所得向上につながるコーヒー生産者価格の切り上げおよび固定化、外国人に対して相応の負担を求めるぜいたく品への増税、米など20の生活必需品に対する価格上限の設定およびその他の品目の価格自由化、適正な平価水準による二重為替制度の撤廃、などが含まれる。経済改革後は、輸入物資を中心とするインフレーションは服部氏の予想の範囲内に収まり、ルワンダ人農民や商人の暮らしは目に見えて良くなり、経済指標も改善した。
 この成功の背景には、ルワンダの農民と商人の経済合理性を信じ、「ルワンダ民衆の長期的な経済発展」という目標のもと一人の有能な実務家によって起草されたオーダーメイドの経済政策の一貫性、大統領以下政治家による同氏のビジョンの共有およびコミットメントの存在があった。

3.日本人へのメッセージ
 服部氏は、本書執筆の動機を以下の2点としている。
(1)帰国後「日本の言論にふれて、後進国問題、援助問題等について実情を勉強することなく、ただ観念的な思考をもてあそんだ議論が横行していることを発見し」、その害を取り除くため。
(2)「アフリカ諸国に対する日本人の関心が、もっぱら資源とか市場とかの、現実的な利益を中心としており、国民というものに対しては、あまり考慮が払われていないことに対する危惧」のため。
 「平和といい、貿易といい、援助というものは、究極的には国民と国民との関係という、いわば人の問題である」と言い切り、「アフリカには経済的には恵まれないが黙々として働き、子孫が自分よりも豊かな生活ができるよう地道な努力をしている国民が多い。こういう国と関係を深めることこそが、同じ道によって今日の繁栄を実現したわが国のとるべき道ではなかろうか」と訴える服部氏のメッセージは、30年以上の月日を越えて、現代の日本人に強烈なパンチを食らわせる内容。
 はるか1970年代初頭にこのような動機を持って仕事をした先達が居たことを、素直に誇りに思う。平野氏が昨年の雑誌記事で本書を再度取り上げたのも、服部氏の仕事とメッセージが「時代にはるか先行していた」からであり、アフリカが日本のODAのメインターゲットとなった現在において、同氏のメッセージはより大きな意味合いを持って響いてくる。

 いきおい長々と書いてしまいましたが、ともかく開発援助関係者はもとより国際関係やアフリカに興味を抱くすべての人にとって必読の本です。現在は新品としては入手不可ですが、古書店や図書館でぜひ。

                                  (中公新書、1972年)

2013年10月20日追記:
 本書は2009年秋、出版社の英断によって増補改訂版として装い新たに再版された。アフリカや開発に関心のある方のみならず、あまねく出来る限り多くの方々に手に取ってもらいたい本だ。
 改めて本書を読んでみると、服部氏が立案された経済政策の内容、そして国と国との関係に関する考え方が、21世紀に入った今でも大きな普遍性を持っていることに気付く。とくに経済金融のほとんど全ての分野にまたがる政策を当時自ら立案し、更にそれがことごとくプラスの成果をもたらしたという点は、ただ一言、本当にすごい。新政策の肝は、地元農民と商人を主役として位置づけ、不必要な規制や優遇措置を取払い、ルワンダ人にとって公正な市場環境を整えたこと。市井の人々のインセンティブが健全かつ公正に保証されれば、経済は自然と伸びて行くことを示す端的な事例だ。独立直後、旧宗主国の利権とルワンダ人へのステレオタイプが色濃く残る中、ルワンダ人農民・商人の底力に着目した同氏の慧眼は、心底敬服に値する。
 そして今、当方仕事でルワンダに駐在しているが、この国にじかに触れる中で、「汚職がなく誠実なルワンダ人の気質」という服部氏の言葉をより深く理解できるようになった。この国には、豊富な地下資源も、海も、広大な土地もない。でも、何百年と続いた王政のせいもあってか人々は概して真面目で従順で、そして首都でも田舎でも、ビジネスマンでも農民でも、人々は概して黙々と働く。ルワンダに関わった多くの日本人が、この国に触れた感想として「日本人の気質と通じるところがある」と語る。この国の経済金融政策を練り上げるうえでは、こうした市井のルワンダ人が生き生きと活躍できる環境を整えることこそが肝要。そしてこうした国と、人と人との関係を紡いでいくことこそが、戦後日本の国際関係にあって何より重要なのだと、ルワンダで実際に暮らす中で同氏も当時考えられたのだろう。


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