Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

大野 健一、大野 泉 『世界銀行と IMF  内側からみた開発金融機関 』

 元IMF国際通貨基金エコノミストの大野健一氏と元世界銀行オフィサーの大野泉氏氏による、両機関の組織文化やオペレーションについて「内側」の視点から書かれた数少ない日本語の本。学生時代から時折パラパラ読んでいたものをこのたび読了。

 経済金融の専門用語も多いので、その方面にあまり詳しくない方は技術的な部分を飛ばして読み進むのが吉。両機関の職員の一日の業務の様子や両機関の組織文化の違いについて描いた第7章などは、類書がないだけに面白く読み進めることができます。


1.両機関の組織文化の違い

 IMFは少人数でルーティンワークに関する限り意思決定が早い。意思決定構造はトップダウン型。企画立案は管理職が担い、ヒラのエコノミストはデータ加工・分析が業務の中心。
 対して、世銀は巨大官僚組織で風通しは悪い。意思決定構造はボトムアップ型。担当オフィサーの裁量は大きく、案件概要の作成から調査団の編成まで幅広くこなす。 


2.就職先としての世銀とIMFのハードル

 IMFは経済学博士号。世銀は経済学・開発額などの博士号または修士号+実務経験。
 あわせて、「大臣との交渉において彼我の公式な立場の制約を理解し、微妙な言外の意味をくみとったうえで適切な言葉を発する鋭い感覚」を備えた英語能力。
 またとある採用担当者によれば「仕事に対する積極性」「文章作成能力」「英語以外の語学力」が、出世のための3条件とのこと。


3.オルタナティブとしての戦後日本の経験

 大野健一氏は第9章で、①長期志向、②生産構造重視、③市場補完的介入、という戦後日本の経済発展政策「日本型アプローチ」を、①短期志向、②ファイナンス重視、③自由市場主義、のIMF型アプローチと対比させ、その意義を強調している。
 最終章では、西洋的な経済発展の哲学を「個人主義にもとづく功利主義とそれをバックアップする自由と市場メカニズム」としたうえで、①目的としての「所得向上」と勤労、②個人主義に対置するものとしての東洋的な一体性の認識、をオルタナティブとして挙げている。
 また同章では市井三郎のいう「不条理な苦痛の否定」原理とあわせ「創造的苦痛の肯定」原理を提示しているが、これらの原理やそこに至るまでの思考の経緯については説明されておらず、若干もやっとした読後感が残る。


4.IMFの基本的な考え方と経済改革パッケージ

 「政策監視」と「融資」をオペレーションの両輪とするIMF。大野健一氏によれば、融資の際の中心的関心は、①国際収支の中期的な維持可能性、②インフレの解消、③経済発展、の順である。融資の際に課す経済改革プログラムのパッケージの基本的なメニューは以下のとおり。
・市場重視型の構造改革
・緊縮財政
・エネルギーや各種原材料等の価格調整
・為替政策
金利政策
 これらのIMFメニューについては批判もあるが、例えば「緊縮財政」についていえば、政治的な理由もからみ削減が難しい歳出部門と不安定な税収基盤に支えられている歳入部門による途上国の財政セクターは生半可な手段では対処できないことが多く、やはり「社会構造を根本的に変える改革が必要」という認識に立ち返ることになる。


 両機関は、この本が出て以降も、1997年のアジア金融危機への対処、環境や気候変動といった新たな問題への対応など、多くの世界的な課題に取り組んで来、国際金融・国際開発の世界において主導的な役割を果たしてきました。
 ただアジア金融危機に際してIMFから融資を受けたアジア諸国や世銀による構造調整融資を受けたアフリカ諸国で見られたように、融資の条件として付された急進的な一連の経済構造改革によって、所得格差や社会不安の問題が生まれたこともまた事実。

 この本は、両機関が進むべき方向性や国際金融・国際開発のあるべき姿について、考察のためのヒントは各考察所で示されているものの、その結論はあくまで読者に委ねるかたちで結ばれています。
 IMFと世銀に少なからず納税者の資金を投入している主要国の政府や市民には、両機関を世界の経済社会の安定と発展のためにどのように「利用」していくのか、考えていく責任があります。そのための一助として、ぜひ多くの人に手にとって欲しい本。
                     (1993年、日本評論社