Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

ポール・ポースト 『戦争の経済学』

 第一次・第二次世界大戦ベトナム戦争イラク戦争などの事例を取り上げながら、ミクロ経済学マクロ経済学の理論を使って、兵器や軍、テロといった戦争に関する事象を分析する本。
 「戦争」と「経済」、最初は嫌悪感を感じましたが、歴史を振り返ってみれば、大国同士の戦争しかり、小国内部の紛争しかり、何らかの経済的動機がない限り戦争が勃発しないのもまた事実。近年の世界中の紛争を分析した結果「経済的動機を無視したイデオロギー/民族対立のみに由来する紛争は存在し得ない」と結論付けた論文を、学生時代に読んだことがあります。(たとえば西アフリカのとある紛争も、結局は一部の富裕層による資源の利権争いが発端で、「民族対立」のスローガンは民衆が煽られて後からつけられた理由)
 かたちはどうあれ、戦争という事象を経済的な側面から冷静に見てみることも、ときには意味あることと思います。
 
 
1.戦争は「ペイ」するのか

 人命を駒とする戦争を「ペイする、ペイしない」で見るのは間違っていると思いつつ。ポースト氏によれば、以下のような条件を満たす場合に限り、戦争は大きな費用対効果をもたらす。
・開戦時点での低成長
・開戦時点での低いリソース利用度、
・戦時中の巨額の継続的な支出
・紛争が長引かないこと
・本土での戦闘が行われない戦争であること
・資金調達に問題がないこと
たとえばアメリカにとっての第一次世界大戦第二次世界大戦朝鮮戦争は、これらの条件を満たしており、アメリカ経済にプラスの効果をもたらした。ただしベトナム戦争以降は、これらの条件に必ずしも当てはまらなくなる。
 また、以下のような要因も、現代の戦争が不経済なものであることの理由。
・現代のアメリカにおいては恒常的な軍需産業が存在し、平和時であろうと戦時であろうと常に一定の高額な軍事支出が存在する。(「表」の兵器市場は相互独占市場であり、価格決定メカニズムが働かない)
・現代の戦争の性格が限定的となり、たとえばテロや途上国の内戦が主な現場となってきている。


2.天然資源は紛争を誘発するか

 ポースト氏によれば、ある国のGDPの相当部分が石油などの原材料によって占められている場合、紛争勃発リスクは高くなる。両者の相関関係については、以下の点が挙げられる。
・天然資源が反乱軍にとって潤沢な資金となりうる。
・資源が特定地域に偏在している場合、同地域は独立したがる傾向にある。
・天然資源は、国内に所得格差をもたらしやすい。
・財源を課税ではなく天然資源に頼る政府は、市民へのアカウンタビリティや公共サービスのクオリティ、モラルある行政組織を作るインセンティブに欠けやすい。
・少数の天然資源に依存する経済は、交易条件の変化から来るショックへの耐性が弱い。
・天然資源は隣国にとっても魅力的であり、内戦や紛争を煽る確率が高い。


3.徴兵制は合理的か

 個人的には、個人の自由意志を尊重しないという意味で非合理極まりないと思うが、ポースト氏によれば経済学的にみても「非効率」。たとえば軍人としての素質がなくて他の職についたほうが国や経済にとってプラスとなるような人材であっても無理やりに軍に入れられてしまう。こう考えると、志願制のほうが経済的機会費用は低く、有効性は高い。
 ただし、志願制のもとでは、賃金を下げれば下げるほど軍人の数が減る(職としての人気が低くなる)一方、徴兵制のもとでは賃金の高低は軍人の数に全く影響を及ぼさない。この観点からいくと、軍隊の養成が喫緊の課題であり個人の自由よりも優先されるような国・ケースにおいては(あまり考えたくはないが)、志願制よりも徴兵制の方が政府にとっての軍編成コストは低く!なってしまう。

 
 他にも、自爆テロや日本の自衛隊イラク派遣、核物質闇取引といった戦争・兵器がらみのトピックが、次々と統計・グラフや経済理論を使って説明されていきます。
 これだけであれば「なるほど」本の域を出ませんが、関心のある方はこの本を取っ掛かりにいろいろと類書を参照されてみてはいかがでしょうか。


(バジリコ株式会社、2008年発行、山形 浩生 訳、
 原著:Paul Poast "The Economics of War." 2006, The McGraw-Hill Companies, Inc.)


https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/F/Foomin/20190829/20190829193008.jpg