Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

東海林 智 『貧困の現場』

 毎日新聞社会部の東海林氏による書き下ろし。大手小売・飲食チェーン店長、日雇い派遣労働に従事する若年層、役所の「水際作戦」に翻弄される生活保護受給者、といった厳しい労働環境・貧困にさらされる人々を描いたルポルタージュ
 国内外の景気減速下、以前にもまして「ワーキングプア」や「ネットカフェ難民」という言葉が飛び交うようになっていますが、この本はそう呼ばれる人々の労働と生活に正面からぐっと迫る内容。

 
1.何が「日雇い労働」「過剰労働」を加速させたのか

 とある経済学者の言葉が引用される。地方の求人倍率は低く、たとえば青森県の県内求人倍率は0.61だが、「それは当然。地方は効率が悪いから。効率の悪いところで仕事するバカはいない」。
 バブル崩壊後、財界・大企業は過剰雇用、過剰設備、過剰債務の「三つの債務」の解消にまい進した。1995年に経団連が発表した『新時代の「日本の経営」』。雇用の流動化と成果主義の導入を唱え、正社員・専門性の高い派遣労働者・一般派遣/パートからなるピラミッド型の雇用を主張。小泉構造改革を経た結果、いまや15-25歳の若年層のおよそ2人に1人は非正規雇用アメリカよろしく、製造業・サービス業の「雇用調整弁」として、経営不振時には解雇され、人手が足りないときは遠隔地から自前の寮付き工場に呼び寄せられる『蟹工船』を彷彿とさせる労働風景が出来上がった。

 
2.働くことの意味は何か

 「生きがいの探求である」と答える経営者がいる。自分も幸運なことに、単なる雇用や収入を得る手段を得るためだけの職場としてではなく、自ら望み、生きがいを突き詰める一環として就職できている。
 だからこそ、同じ若年層・15-25歳の半数が非正規雇用で働いているという現実、そしてそのなかの少なくない人々が、職場で自分の名前も覚えてもらえずに日ごとに職場を転々とし、自分の居場所を見つけることに苦しんでいるという、この本に出てくる現実は衝撃的。
 「他人から必要とされている」という感覚は、社会で働くときに、その人を支える一番大事な要素。少々忙しくても、つらいときがあっても、先行きが見えなくても、「○○さん、ありがとう」の一言があれば、それだけで救われるもの。「人生の生きがい」うんぬんはさておき、毎日同じ場所で、ちゃんと同僚から名前を呼んでもらえる職場に居ることに、素直に「感謝しなければ」と思う。


3.いったい何ができるのか

 製造業・サービス業のうち作業が単純なものから海外にアウトソーシング・流出していく「フラットな世界」で、少子高齢化にあえぐ日本では、大企業に非正規雇用を認めないことなしには、これまで以上の生活・消費レベル、これまで以上のGDP、一部の分野を除きこれまで以上の国際競争力を目指すことは、難しいかもしれない。
 それでも、過剰な労働時間や非正規雇用の防止に踏み込む労働関連法制の導入・改正は、不可欠と思う。とくに日雇い労働の全面禁止を含む労働者派遣法の全面改正は、すぐにでも行われるべき(現国会に提出されている改正案では不十分)。
 こうしたミニマムの法規制に加え、現場での生活保護支給と就職支援充実のために、地方自治体と非政府団体の両面から更なる財源と人材を投入することも必要。「苦しい国家財政下で何を」と思われる方がいるかもしれないが、他のインフラや社会保障費、防衛費に比べれば多い金額にはならない。「最低限の生活と労働」は、何にも増して無条件で万人に与えられるべき権利であるはず。
 そして、「個人としても何かできないか」ということを、この問題を考えるときにいつも思い、フラストレーションにかられる。労働問題に関心の高い代議士や地方議員への投票、(何かあれば)路上での署名やインターネットを通じた活動Etc.がまず思い当たる。ただ「プラスアルファで、何かできないか」、いつも考えさせられています。

                             (毎日新聞社、2008年8月発行)


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