Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

ジャック・アタリ 『21世紀の歴史 未来の人類から見た世界』

 ミッテラン元フランス大統領の補佐官を若干38歳にして務めたジャック・アタリ氏による21世紀の歴史を描写する野心的なエッセイ。原著出版は2006年ですが、昨年当選したサルコジ大統領は本書に触発されて「アタリ政策委員会」を設置、フランスの国家政策と世論に影響を与えている本。
 
 このブログでちょうど100回目に紹介する本ですが、この半年の間に読んだ本のなかでは個人的に一番衝撃を受けた本かも知れません。
 人類の歴史を振り返って経済発展と社会問題に関する教訓を紐解き、混沌とした21世紀前半の世界を俯瞰的な視点から見通す。世界のいったい何人がなしうる作業でしょうか。邦訳でたかだか330ページ程度の本ですが、不要な記述は一切なく簡潔かつロジカルに、その答えが記されています。

 本書では前半で人類史を振り返って教訓を抽出、後半で21世紀の世界を「①超帝国、②超紛争、③超民主主義、の3つの波の到来」を軸に描いていきます。付論で、本書の内容を踏まえたフランスの悲観的な現状と取りうる国家政策を記していますが、少子高齢化・グローバリゼーションにさらされる同条件を抱える日本にとっても、そのままフランスを日本に読み替えて、考察の取っ掛かりを得ることができます。


1.超帝国と超紛争の時代:第一の波と第二の波
 
 人類の歴史を動かしてきた原動力は、一貫して「個人による政治的な自由を求める力」。現在の世界の状況は極めてシンプルで市場の力が世界を覆っている。また、アメリカの一極支配は、軍事・経済・通貨のあらゆる面において2035年頃には終焉を迎える。
 このまま行き着く先は、アタリ氏によれば、「資本主義による、資本主義以外の徹底的な破壊」。多国籍企業や富裕層は世界中を移動し、国家から財源を少しずつ奪っていき、結果、世界の唯一の法は「市場」となる。「超帝国」は世界を多い、商業的富の創造主となり、結果、極度の富と貧困の元凶となる。自然環境は食い物にされ、軍隊・警察・裁判所を含めすべての国家サービスが民営化される。民主主義の概念も崩壊に追い込まれ、人類は自らが加工品となり、同じ加工品である消費者に向けて大量販売されるようになる。
 すべての国家と企業は、「保障と気晴らし」という二つの要求の周辺に組織されることになる。すなわち、国家に代わるリスクヘッジ手段は保険となり、民間の保険会社が協力な権力を持つようになる。加えて、不安定な現実から逃れようと、誰しもが娯楽に逃げ口を求め、娯楽産業が21世紀有望な産業のひとつとなる。
 他方、こうした状況を押しとどめようとして、人類は暴力にすがって退行的な残虐行為や紛争に陥ろうとする。国家、宗教団体、テロ組織、海賊らが戦いあう戦闘状態「超紛争」が世界各地で生まれる。「超紛争」は「超帝国」とあわさって、世界を破滅に導く力となる。 


2.超民主主義の到来:第三の波

 押し寄せてくる超帝国・超紛争の時代とともに、グローバル化の規制・市場の活動範囲の限定化・民主主義の具体的な広がりによって、個人の自由・責任・尊厳・超越・他者への尊厳などに関して新たな境地「超民主主義」への扉が開かれる、というのがアタリ氏の主張。
 2060年ごろまでには、人類は市場と民主主義の新たなバランス地点を見出し、市場や民主主義を、過去の思想としてみなすようになる。超民主主義のもとでは、市場の想像力のなかから善行だけを選び出し、過剰な要求を悪とみなし、貪欲から自由を保護し、地球環境を次世代に残すことが可能となる。
 そこでの主役は「調和重視型企業」、たとえば政党や労働者組合、福祉・環境・貧困撲滅のための非営利団体といった団体たちであり、現在ではマイナーな経済活動とみなされている領域の活動者たち。19世紀半ばにマルクスが資本主義の台頭を予告したように、これらの活動者は21世紀半ばの世界において主要な活動領域の主役となる。
 また超国家的な政府が中東・アジア・欧州といった各地域に生まれ、そのうちもっとも市場と民主主義のバランス条件を兼ね備えたEUが尖兵となって、既存の国際機関をベースとして、地球規模の軍隊、各種制度・機構、紛争調停機関、開発銀行、中央銀行が誕生する。企業は相変わらず利潤追求を究極目的とするが、その判断根拠となる社会経済条件は調和重視型の「超民主主義」であり、両者は相互補完関係を持つ。 


3.フランスと日本

 アタリ氏はフランスの現状について悲観的。少子高齢化社会の到来、右翼主義の台頭、低い労働生産性、年金財源確保の不透明性、Etc. フランスの政治家はこうした悲観的な未来・チャレンジについて率直に国民に語り、行政機関のスリム化や農業・衰退産業への補助金削減による財政支出の削といった改革を行っていくことが必要。
 テクノロジーへの投資、公正な雇用流動性の確保、毎年数十万人の移民受け入れ、調和重視型企業への支援、といった各種改革の方向性が示される。
 また日本の将来についても「国の相対的価値は低下し続ける」と言い切る。ロボット工学やナノテクで世界をリードしつつも、個人の自由を主要な価値観としえない限り、少子高齢化や製造業の衰退により、日本はさらに自衛的・保護主義的となり、結果さらに経済コストを増大させる可能性が高い。


 このような本が知識人階層から世に出て、政治家・行政府と世論・市民があるべき国の姿について闊達な議論を戦わせられること自体、フランスという国の強さを象徴しているように思います。
 振り返って、日本という国はどうでしょうか。首相・内閣は国民の意思とかけ離れた意思のもとで決まり、国会の質問・答弁も形式的なものに終始。マスコミも含め、本書にあるような20,30年後のビジョンや戦略について誰も本質的な問題提起を仕切れていないように感じます。自分たちの世代に課せられた課題は重い、といったところでしょうか。

 (原著:"Une Breve Histoire de L'Avenir"(未来の略史), 2006年11月発行, Librairie Artheme Fayard.)
  邦訳:2008年8月発行、作品社、林 昌弘 訳)

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