Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

佐藤 優 『国家の崩壊』

 前出の休職中外交官・佐藤氏によるソ連崩壊過程を主に理論面から分析したエッセイ。宮崎学氏がインタビュアー役となり、その質問に佐藤氏が回答していく形式です。
 政治・外交の理論的な側面に加え、当時モスクワに駐在し保守派・急進派ともに深い現地人脈をつくっていた佐藤氏ならではのリアルな人間ドラマの描写が随所に織りこまれているところが、既存の分析本と違う点。
 チェチェン人の「血の報復の掟」をはじめ、ロシア周辺諸民族についての概説や、ソ連崩壊時・以降の状況についても触れられています。


1.ゴルバチョフエリツィンに対する評価

 西側諸国からの評価は高いゴルバチョフ。特定の哲学や思想を持っているわけではなく、その場の状況に応じてどんどん発想を変えていく人物だった。反アルコールキャンペーンの失敗等の規律強化が受け入れられなかったことから、精神力に訴えかけるよりも、欲望充足への動力を利用しようとし、社会主義経済と資本主義経済の折衷、ペレストロイカにつながった。
 他方、ウォッカ飲みのエリツィン。彼はポピュリズムの力を理解しており、また対立する異なる2つのグループを同時に手なずけるすべを持っていた。後継者としてのプーチンの選出、辞任のタイミング、国民に対するアピールや自身の政治力の保持、いずれについても頭の良さを存分に見せつけた。
 おそらく両者の違いは人間に対する見方の違いである。ゴルバチョフはあくまで「理性に訴えれば人間は変わることができる」と信じていた。他方、エリツィンはうってかわって人間のネガティブな面も見据え、いつも現実的な認識に立っていた。


2.モスクワ庶民からみた70年代~ソ連崩壊

 ブレジネフ書記長時代、ソ連社会は豊かだった。石油ショックの影響で原油価格は高騰、国家財政は大いにうるおい、ちょうど今の中東のような状況。
 1980年代後半のペレストロイカ・経済改革は、ブレジネフ時代の豊かな社会の延長線上に位置づけられるもの。衣食住がある程度充足されると、国民はより高度な消費財を求めるようになる。テレビ、クルマ・・・欲望の質も高くなり、大衆消費社会に入り始めた。西側メディアや、外国からの駐在者の生活等を通じて西側の消費財についての情報が流れ込み始めた。
 1980年代初頭までに生まれたロシア人とそれ以降に生まれたロシア人との間には、生きてきた世界の断絶がある。前者は、金はあるがモノがない時代の行列を知っており、後者はモノはあるが金がない時代に生きている。
 ただ厳しい気候のロシアにおいて、共同体意識や相互扶助の精神は充分に生きており、市場が未発達の状態でも、人々は食糧や日用品、医薬品などにアクセスすることができ、どの時代でも餓死者は出ることがなかった。


3.結局は「家父長制」志向なロシア人

 自由と民主主義に最大の価値を置くアメリカとの最大の対照点。エリツィンは「国民の父になりたい」と考えていたし、プーチンも完全に中央集権、単一政党による支配を志向している。東ドイツポーランドハンガリーとはまったく違う。結局、ソ連崩壊後も、党と政府が一体化していく。
 佐藤氏によれば、ロシアにおいては、家父長的な方向にいかない権力は、すべて過渡期の権力、「過渡的政権」とでも呼べるもの。結局のところロシア国民の性質は、家父長制への志向に帰着する。

                               (にんげん出版、2006年発行)


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