Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

井上 靖 『氷壁』

 史実である北アルプス穂高連峰の屏風岩で起こった1955年「ナイロンザイル切断事件」を題材にした井上靖新聞小説。おととしもNHKでドラマ化されるなど、依然版を重ねている井上靖の代表作のひとつ。

 先週末に穂高に登ったときに、涸沢小屋の本棚にあったものをお借りして読了。

 主人公は商社に勤める青年・魚津。年末年始の穂高登攀で、親友の小坂をつないでいたザイルが一瞬にのうちに切れ、小坂が転落死。その強度ゆえに当時の山岳界で頻繁に使用され始めていたナイロン製のザイル「切断」をめぐって、小坂の自殺説、魚津による他殺説、ザイルの欠陥説、さまざまな憶測が乱れ飛ぶ。小坂が思いを寄せていた人妻・美那子やその夫であるエンジニア・八代、魚津の上司である常盤、小坂の妹・かおる、さまざま人物の思いが交錯する。ストーリーの終幕、魚津は、冬の穂高連峰に一人で挑むが、彼を待ち受けていたのはガスの中の土砂崩れと容赦ない冬の寒気だった・・・

 穂高連峰を知る人にとっては、なかなか心揺さぶられる小説。山岳小説かと思いきや、案外?8割以上娯楽小説というか、大衆小説のようなおもむき。そのぶん、肩肘張らずにさくっと読めます。

 ちなみに史実としてのナイロンザイル切断事件」については、興味のある方はぜひググってみてください。2007年には、犠牲者の方の実兄で工学者でもある石岡繁雄氏によって、事件の経過をたどったドキュメント(もちろんノンフィクション)も出版されています。

                                     (1963年発行、新潮文庫


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