Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

高橋 洋一 『さらば財務省! 官僚すべてを敵にした男の告白』

 東大で数学を専攻、プリンストン大学で金融政策を学び、財務省理財局では財投(財政投融資)改革に取り組んだ異色の元キャリア官僚、高橋さんの自伝形式のエッセイ。
 同氏は竹中慶大教授と親しかったことから、同教授が小泉内閣に入閣した際に経済財政諮問会議の事務方を務めた。安倍政権のもとで内閣参事官を務めたのち、霞ヶ関を追われるかたちで古巣の財務省を離れ、現在は東洋大学教授。現在さまざまなメディアで情報発信をされています。

 本書の前書きで、本書を記した理由について、高橋さんは「国民に財務省を初めとする官僚組織のお粗末さの実態を知ってほしい」と書いていますが、単なる役人たたきの本を想像すると肩透かしを食らうと思います。
 財投、郵政民営化特殊法人改革、といった政策課題についての基礎知識がないと、少々難解かもしれません・・・が、それでも面白い!

1.財投改革と郵政民営化、政策金融改革は、なぜ「避けられない」課題だったのか。
2.小泉・竹中ラインの政策形成は実際どのように機能していたのか。
3.現行の財務省が掲げる財政再建原理主義」は本当に正しいのか。
4.霞ヶ関(中央省庁)の組織構造のほんとうの問題は何なのか。

 これらの疑問が、数学科出身の「計数に強い」異色のテクノクラート・高橋さんの理論的な視点から淡々と書かれていきます。自分が「なるほど!」と思わされた点を3つあげておきます。

1.一連の「小さな政府」改革の理論的系譜
 1990年代初頭の金利自由化→郵貯シフトによる金利リスクの増加→大蔵省への預託制度の廃止と財投債の創設→郵貯自主運用の開始と国債以外の金融商品運用の必要性→郵政民営化→政策金融機関・特殊法人のスリム化
 郵政民営化に代表される一連の改革が、金融財政政策の観点からなぜ不可避だったのか、スムーズに頭のなかに入ってくる。
 ただし郵政民営化がなぜ「郵貯簡保民営化」ではなく、郵便事業や窓口業務まで併せてすべて民営化されねばならなかったのか、この点の説明は不足している印象を受けました(紙面の都合だとは思いますが)。個人的には、もう少し違う本も読み込んで勉強してみたいと思います。

2.「小さな政府」「大きな政府」という明快な論点の提示
 また本書が一貫して提示する論題は、「小さな政府」と「大きな政府」、どちらを志向するか、というもの。昨今のもろもろの「改革」と呼ばれる政策の大方は、この論点を切り口にして説明することができます。
 もちろんどちらが正解という類の話ではなく、両者の間でどのようにバランスを取っていくか、という話だと思います。ただし、国内市場が拡大し、それに応じて政府も拡大すればよかった時代はとうの昔に過ぎ去ったことは確かです。高橋さんの言う政府金融資産・人員の圧縮、官民の間の労働市場の活性化、Etc. の施策は、基本的には時宜にかなったものと思います。
 (度が過ぎる「民間任せ」も困り者ですが・・たとえば最近問題になっている中国の遺棄化学兵器回収。このような案件は、どんなに「小さな政府」が志向される世の中であろうとも、必ず政府が直営でやりきらねばならない案件だろうと思います)

3.政策論議におけるマスコミのあり方
 1.とも関係しますが、確かに2005年の「郵政」選挙で小泉自民党は圧勝しましたが、その際に一体どれだけの国民が、郵政民営化の背景・経緯や、それによって生じうるメリット・デメリットを予測したうえで、投票所に行ったのでしょうか。
 郵政民営化が、文字通りこの国のカタチを変える重要な政策であったことに間違いはありません。そうであったればこそ、当時、「刺客」Etc.、センセーショナルな報道のみに終始した大手マスコミの責任は重いと思います。
 この点についてはいろいろ書きたいことはあるのですが、それはまた別の機会に譲りたいと思います。

 以上のように現在の日本を考えるうえでいろんな思考の材料を与えてくれる本。エッセイ形式で読みやすく、分厚いわりにはささっと読めます。おススメです。
 
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(2008年3月発行、講談社


(以下、2010年10月11日追記)
 高橋氏の新著『日本経済のウソ』を読んだのを契機に本書を見直してみた。日本の統治機構と社会の真理を突く鋭い弁舌。同氏が窃盗罪で逮捕・送検されたのは、日本にとって大きなマイナスだったと改めて思う。

 テクノクラート・高橋氏の真骨頂:「ただ、ロジカルに組み立てていくと、今の大きな政府では、日本経済も財政ももたないという結論に達しただけだった」「特殊法人に合理性があるか否かは、費用対効果で決まるというのが私の考えだった」「私は、ALM、財投債、政策コスト分析は財投改革の三本柱と考えていた」「不良債権を処理しないと、配当可能利益と役員賞与が増加する。そのぶん、株主も役員も不当な利益を得る。これは利益の違法な社外流出で、背任罪・横領罪が成立するというものだ」

 テクノクラートとしての矜持:「政策立案にまで深く関わると官僚は道を誤る。自分のプランを守ろうと、保身に走る。だから、官僚はでしゃばってはいけない。官僚機構は単なる執行機関、決めるのはあくまでも政治家で、われわれは決められたことを粛々とやるだけでいいというのが私の考えである」「国民が構造改革などしなくていい、われわれのプランは要らないというのなら、それが民主主義というものなので、自分がやってきたことが無駄になっても、それは仕方がないことだと思っている」

 財務官僚の誤謬を暴く:「東大法学部卒の官僚は、計数には弱い。知識や理論のほとんどは知り合いの学者から仕入れたものだ。要は聞きかじりに過ぎない」「つまり、『純債務でみれば日本は財政危機などではない』と財務省は主張したのだ。日銀と同様、国内向けのアナウンスと海外向けのアナウンスはまるで違うのである」「とりわけ日本人のお役所に対する信頼は、過信を超えて異常である」