Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

イアン・エアーズ 『その数学が戦略を決める』

 計量経済学者のエアーズ氏(イェール大学)が、「絶対計算」(ビッグデータの分析)が現実社会の意思決定にもたらしつつある影響を分かりやすく解説した本。

 本書は2つのまとまりに大きく分かれており、前半は回帰分析と無作為抽出テストの手法の解説、それが政府や企業の意思決定にもたらしている影響、後半は、こうしたトレンドが持つ意味、特に統計分析に取って代わられようとしている伝統的な専門家たちの立ち位置に着目する。

 ここでいう無作為抽出テストは、前回紹介した新書でも解説されている、ランダム化比較実験(RCT)と同じもの。ランダムに介入グループと介入しないグループを作り、両者の結果を比較することで、要素間の因果関係を科学的に証明できる。この統計技法とビッグデータを組み合わせることで、将来の意思決定について、ひとりの専門家が過去の経験をもとに導く判断よりも、ずっと正確な判断を下せるようになる。(たとえば、ワインの品質や、野球選手のスカウティングといった、明らかに一握りの専門家が判断を独占してきたような事象についても。)
 本書の議論は、企業や政府の意思決定に関係する数多くの事例でもって進められる。原著は2007年とやや古いが、その時点でも既にすでに米国でこれだけの数のRCTの実績があり、政府や企業の意思決定に活用されていることに驚きを覚えた。著者によれば、このトレンドは、統計技法(昔からあった)や計算処理能力というよりは、記憶容量の技術進歩によるところが大きいという。(当方は、まだせいぜい1MB程度のフロッピーディスクが主流だった頃を覚えているが、今や128GBのUSBメモリがコンビニで買えるような時代である。)

 「人間の出番は残されているのか?」という章で、エアーズ氏は、その答えのひとつに「仮設立案」を挙げている。回帰分析は、因果関係の大きさを定量的に示すツールだが、数式にどの変数を入れるのかは結局人間が決めないといけない。(実際に当方も仕事でその真似事をやって見たことがあるが、どの変数が一番当てはまりが良いのかを試行錯誤するのには相当な時間が掛かる。また、単に当てはまりの良い変数を入れても、全体としての説明が通らなくなる場合もある。)ツールはツールであって、使う人間の意思は、そこに明確に反映される。本書は、人間の直感や経験を軽視しているわけではなく、むしろ直感や経験と定量分析を相互に行き来することで、新しい時代を迎えることができると主張する。

(原著:Ian Ayres "Super Crunchers: Why Thinking-by-numbers Is The New Way to Be Smart" 2007.
 翻訳:山形 浩生 訳、2010年、文春文庫)

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