Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

田丸 公美子 『パーネ・アモーレ イタリア語通訳奮闘記』

 米原万理氏いわく「押しも押されもせぬ大横綱」、日本最強のイタリア語通訳である田丸氏が、通訳としての波乱万丈の体験を綴ったエッセイ。

 米原氏の著作(http://blogs.yahoo.co.jp/s061139/21610045.html
)の中で壮絶な下ネタ使いとして登場する田丸氏。その田丸氏のエッセイもかなり面白いと聞いて手に取ってみた。若干ぎこちない文章のところもあるが、取り上げられているエピソードが面白くてどんどんページを手繰ってしまう。とある大御所デザイナーの通訳では、定型の挨拶に飽きた彼女が行く先々で好き放題しゃべるのを日本のビジネスミーティングらしく仕立て上げる。放送開始20分前にTV局から依頼されたクリスマスのローマ法王メッセージの翻訳では、電話で音声を聞き、訳した原稿を持って6歳の息子がFAXに走る。有名なイタリア人俳優が来日した際の通訳では、彼に誘われてホテルを訪ねてきた大物女優2人がうっかり鉢合わせしないよう画策する。

 「大横綱」と評されるだけあって、一緒に仕事をしたイタリア人も経営者や俳優として常に一線を走る魅力的な人物が多く、彼らのエピソードも読ませる。日本国内でとある賞を受賞した建築デザイナーのソットサス氏の受賞スピーチは誌的で深い:「生まれてこのかた、私はいつも自問自答してきた。この地球上で、俺は一体何をしているのか。何のために生きているのか。八十まで生きて少し疲れ、足が痛いのでリーボックのスポーツシューズを履いた、無冠のシンプルなエットレがいる。そして今日ここで華やかな賞をもらったイブニング姿のエットレがいる。私はちょっと得意になり、とても嬉しい。でもこの二人のエットレは、これからどう折り合いをつけていけばよいのだろうか。うまくやっていくだろうか。込み入った問題を抱えてしまったけれど、私の残った人生に複雑さを与えてくれた織部賞に心から感謝します。」

 田丸氏自身もだいぶぶっ飛んだ方である。あまりの派手な出で立ちにタクシーに乗るや否や運転手に「吉原ですね」と言われ、ショックで行き先を訂正できず、でも降りるときには「あけみって言うの。指名してね。サービスするわ。」息子の中学校の保護者会で、「お宅の息子さんがうちの息子に巨乳のヌード写真集を見せた」と咎めるお母さんに対しては、「うちの子に限ってそんなはずは・・・。だって巨乳は嫌いだ、手に入る小ぶりサイズが好きだっていつも言っているんですのよ。」米原氏が「田丸さんといると最高に楽しくて時間が飛ぶように過ぎていく。離れがたい」と言っていたのも、本書を読めばだいぶ頷ける気がする。田丸氏の修道女さながらの厳粛な教育を受けて育った青春期の反動と、イタリア人とイタリア文化に対する飽くなき好奇心が生んだ、爆発的な掛け算効果。とにかく面白い、の一言。

(文春文庫、2004年)



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