Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

塩野 七生 『日本人へ 国家と歴史編』

 塩野氏は、「文芸春秋」誌上で「日本人へ」と題した歯に衣着せぬコラムを続けておられる。その論評をまとめた新書が2冊でた。本書はそのうちの一冊。

 ローマ帝国のリーダーを議会内閣制の閣僚に仕立ててみた「夢の内閣・ローマ編」など、思わず苦笑いしてしまう企画もあるが、幾つかの論評は、政治の本質を端的に表している:「民主主義政体下の有権者とは、『何をやったか』で支持するのではなく、「何かやってくれそう」という想いで支持を寄せるのである。業績から判断して投票するのではなく、期待感で票を投じる人々なのだ・・・・期待感で投票する有権者たちもまちがっているわけではない。なぜなら政治とは、感性に訴えて獲得した票数、つまり権力を、理性に基づいて行使していくものだからである。」

 また、乱立気味の2世・3世の政治家のナイーブさと、迷走する日本という国家を憂いて、「挫折とは、慣れすぎるのも困りもので、なぜならば逆恨みとかの屈折した性格につながるからだが、一度も挫折しなかったというのはもっと困りものである。抵抗力というか免疫というかが、まったくないということだから。・・・・次なる跳躍は、これまでのやり方に疑いを持つことなしには絶対に訪れない・・・外国人の歴史家ならば、日本という国と日本人をどう評価するだろう。持てる力を活かせないでいるうちに衰えてしまった民族、と評するのではないだろうか。」と述べている。
 現在の日本が羅針盤を失った船のように漂流し続けている、という認識は、多くの日本人が共有するものであるに違いない。では、「持てる力を活かす」ためには何が必要なのだろうか。現実的な根拠に基づいて理性的な判断を下せる政治家か。その政治家を生み出すための土壌、つまりメディアと国民の成熟度だろうか。シンガポールのリー・クワンユーのような稀代のリーダーがある日突然現れてくれれば良いが、ふつう世の中はそうはうまくいかない。
 先日の参院選、わずか9ヶ月の民主党政権に国民は明確な否定評価を突きつけた。しかしながら、ねじれ国会によって必要な法案の審議・成立が滞ることを期待しているわけでは全くない。おそらく、政府・与党にとっても、野党の政治家にとっても、メディアや国民にとっても、主要な政策議題について議論を深める良い機会である。今後3年間の国会運営は戦後史上かつてない厳しいものになるが、だからといって主要な政策課題を先送りしたり密室で野党に譲歩したりするのではなく、国民にしっかり論点を提示して議論を喚起する姿勢を持ち続けてほしい。「失われた20年」を経て遅きに失した感はあるが、メディアや国民ももっと勉強して、優れた政治家を生み出す土壌を作っていかなくてはならない。これまでのように流れに身を任せる、諦観する、という手もあるだろうが、その代わり日本が失う代償は大きいだろうと思う。

(2010年6月、文春新書)


https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/F/Foomin/20190829/20190829193419.jpg