Foomin Paradise (読書ブログ)

経済や歴史、フィクションを中心に読んでいます。500冊までもう少し。

ウィリアム・イースタリー 『エコノミスト 南の貧困と闘う』

 元世界銀行エコノミストニューヨーク大学教授、イースタリー氏が従来の開発経済学の理論と欧米の開発援助手法の限界について記した本。彼の主張は明快で、「人はインセンティブに反応する」という人間の本性・経済学の基本原理を活かすような開発政策を展開すべき、というもの。

1.「我々は50年間も道に迷っていた」
 高い経済成長を実現するための投資と貯蓄の資金ギャップを埋めるために援助を投入する「資金ギャップ・アプローチ」。世界銀行をはじめとする開発金融機関はいまだにこの理論に基づき援助を行っている。イースタリー氏は「貧しい国に援助したからといって、その国の人々の将来の投資に対するインセンティブが変わるはずがないではないか」と喝破する。「援助が多くなれば多くなるほど、途上国は自分の力で貯蓄を増やして発展しようとするインセンティブを失うのである」。
 その他、教育投資、人口抑制、政策改革、債務免除といった国際開発機関が過去に先導してきたさまざまな試みがなぜ不完全な結果に終わったのか、本書を通じて「経済成長に関わる人々が正しいインセンティブを持っていたか」という観点から分析が試みられる。
 
2.「政府は成長を殺すことがある」
 政府は、ときに「インフレ、為替レートの高い闇市場プレミアム、多額の財政赤字、大きくマイナスの実質利子率、自由貿易に対する規制、過度の官僚的形式主義、不十分な公共サービス」といった不合理な政策を採ることがある。その背景には、「役人には床にボルトで固定されているもので以外ならなんでも盗もうという強い衝動がある」、すなわち汚職の問題や、永年にわたって固定されてきた所得階層格差、民族・政治グループ間の対立、が影響していることが多い。

3.「魔法の杖はない」
 「我々の成長を求める旅をハッピーエンドにする魔法の杖はない。経済的繁栄は、開発ゲームのプレーヤーがみな正しいインセンティブをもったときに実現する」とイースタリー氏。具体的には、政府のインセンティブが技術改良を促し良質の投資・公共サービスを生み出し、ドナーが「良い政策を採っている国」に選択的に援助し、貧しい人々が可能性と所得拡大の意欲を実現する環境が整えば、経済成長が実現する。特に開発金融機関に対しては「IMFも世銀もその他ドナーも、ほっておけば、ローンの決定は、組織内官僚制ポリティクスの枠組みで決定されてしまう。途上国の貧しい人たちを助けることよりも、多くのローン・プロジェクトをつくるほうが昇進に有利なのだ」と、内情を知っているからこその厳しいコメント。
 ただ、既存ドナーの援助理念・手法に改善の余地があることに疑いはないが、政治的分断や固定された階級格差の問題を背景として一国の開発政策を担う政府にイースタリー氏の言う「正しいインセンティブ」が備わっていない場合、その国の貧しい人々をそのままにしておくことが本当に正しい選択なのか。そうでなければ、国際社会や各ドナーはどのように行動すべきなのか。それらの疑問については、少なくとも本書の中では明確なかたちで触れられてはいない。

(原文:William Easterly "The Elusive Quest for Growth" 2001.
 邦訳:小浜 裕久ほか訳、東洋経済新報社、2003年)


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