Foomin Paradise (読書ブログ)

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竹中 平蔵 『闘う経済学 未来をつくる〔公共政策論〕入門』

 慶應の竹中教授による「政策と経済学の隙間を埋める」試みとして書かれた本。郵政民営化担当大臣等の公職にあった当時の回顧録としても読める内容。
 「経済学の理論・知見をいかに実際の政策に生かすか」、竹中氏が長年突き詰め実践してこられた考えの一端をうかがい知ることができます。


1.政策と経済学の「隙間」
 
 ポール・クルーグマンが「庭師と植物学者」にたとえるように、実際の政策と学問との間には絶えず「隙間」が存在する。ただし政策と経済学・行政学政治学などの社会科学とは、お互いが相互補完の関係にある。経済理論を無視した経済政策は往々にして効果を欠くし、実際の政策を無視した学問・理論は一般社会への裨益を欠く「白い巨塔」にすぎない。
 竹中氏はこの「隙間」を2つのカテゴリーに分けて表現している。1つは、「経済学の教科書で教えられている内容に比べて、現実の経済ははるかに複雑であるということ」。もう1つは、「経済政策を含めてすべての政策は、民主主義の政策プロセスを経なければ決定できないという点」。
 「これらの『隙間』を埋める必要がある」という本書の主張は、銀行員、学者、政治家、さまざまな職業を経て、政策の世界と学問の世界を行き来してこられた竹中氏が発するメッセージゆえに、重く響くものがある。
 経済と政策を考える上で、「経済学の基本的な考え方はとても役に立つ」、「諸外国の実例が重要」、と同氏の主張は続く。なかでも以下の文言には思わずハッとさせられた。
「・・・問題は政府の情報が公開されていないということではない。大量の政府の情報が公表されているにも関わらず、その情報を継続的に見て分析している人がほとんどいないということのほうが問題」
確かに、たとえば各省庁のメールマガジンに登録するだけで、毎日大量の大臣・幹部の談話、各種会議・審議会の議事録、各種統計資料のアップデート情報に触れることができる。これらの情報を、いかに鵜呑みにせずに批判的に捉えられるか。
 

2.不良債権処理の経験が示す教訓

 竹中氏が金融担当大臣だった時代に大幅に進められた不良債権処理。当時はその半ば強引とも思われる手法に批判が集中したが、同氏はこの批判の背景を、①政局作りへの利用、②メディアや経済専門家の政策理解不足、③マスコミが依然として官僚を情報源としていること、の3つに集約している。
 そしてこれらの批判を乗り越え、不良債権処理の経験から導き出されうる公共政策上の教訓について、以下の3つを挙げている。
①政策を変更する際に求められる困難な点、具体的に「無謬性」との決別。現状否定・自己否定を嫌う官僚の「無謬性」を打破するために、役所主導の審議会ではなく大臣直属のチームで政策論議を深めたことが功を奏した。
②金融再生プログラムを作成するチームのなかで、貢献したのは金融論の専門家ではなく、金融や法律の実務家とマクロ経済の専門家だった。経済金融学者があるべき政策について厳格に議論することもときには必要だが、「複雑な政治環境や行政実務のなかでそれをどう実現していくか」、実際の政策プロセスを踏まえた議論の重要性がもっと認識されるべき。
③金融再生プログラムの公表にあたっては、従来必要とされた与党への根回し・修正作業を経ずに、いきなり党の役員会で報告するという「ショック療法」を用いた。結果、プログラムの大枠は部分的な修正のみで承認された。非日常的な政策を行うためには、非日常的なショック療法が効果を発揮することもある。


3.リーダー論

 本書によれば、竹中氏が小泉氏から学んだとされるリーダーの条件は以下4点。
①「王道を行く」こと。政策をシンプルにする、ということでもある。
②「瞬時の判断力」。日ごろのイメージトレーニングが功を奏していたと思われる。
③「直接対話の力」。国民に対して直接説得する力をもっているかどうか。その背後にあるのは、情熱と強い思い、日ごろの考えの積み重ね。「テレポリティクス」とも揶揄されたが、この点においては、少なくとも安倍・福田・麻生の後継3首相よりは優れていた。また最近ではアメリカのオバマ大統領も、この点については特筆すべきものがある。
④「愛嬌の力」。郵政民営化や金融改革の矢面に立っていた竹中氏に対し、小泉氏は、「とにかく抵抗勢力とよく議論してくれ。議論は大事だ。もちろんいうことは聞かなくていいからね」と言ったという。また、竹中氏はハーバード大学で教えていた当時の文理学部長から聞いた話を引いて、本書の締めくくりとしている。
ジョン・F・ケネディは、高校の成績でいうと真ん中くらいの人だった。・・・だが入学を許可した。なぜか。それは、ジョン・F・ケネディが高校で常にクラスの中心にいたからだ。食事をするときも真ん中にいた。ディベートのときにも中心にいた。けんかのときも中心にいた。ハーバード大学は、アメリカの、世界のリーダーを育てるための大学だ。だからジョン・F・ケネディを入学させた。」

                           (集英社インターナショナル、2008年5月発行)



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